こんばんは⭐

 

息子、タク(仮名)は、自閉症スペクトラム。知的障害はありませんが、色々ありまして

身体障害対応の特別支援学校で12年間過ごしました。

今は、成人しています。


桜の咲くこの時期、

息子の学校生活のスタートを思い出します。


通常の小学校生活のスタートとはほど遠く

子供の進路の決定は親の選択な訳で。

間違えた選択ではないのか?

可哀想な選択だったのではないのか?

そう問われそうです...。


私も今振り返ると

通常の学校に通わせられなかった事は

息子に申し訳なく思います。


そして、やっぱり

新学期をスタートさせる為に

デパートでも文房具など並んでいて

それを見るとなんだか切なくなります。


やっぱり、息子が可愛そうだったな

って思います。


けれどもあの時、

療育園の知的障害、情緖障害のお友達のいる教室で過ごせなかった息子。


子供が怖かった息子。


そんな中で

提案された身体障害者対応の特別支援学校。

(当時は、養護学校と呼ばれてました。)


超偏食の為、お弁当を毎日持参する事も、


母子分離不安の為、携帯(ピピットホンというPHS)の持参する事も、


他のお子さんに対する恐怖心が強い為、

個室で担任の先生と1対1のクラスにしていただける事も、


音、光、環境の変化への不安が強い為、

家に近い環境で過ごせるように

おもちゃや、粘土の持参が許された事も、


すべてを整えて入学できる事に

とにかく安心した学校生活のスタートでした。


とにかく

有り難かったです。

学校にも先生にも申し訳なかったです。


ここまでしてくれても

教室に中々入れず

私と校舎の周りを散歩したりして

少しだけ校内に入る事もたくさんありました。


お昼頃登校して

給食を覗いて、

先生方に声をかけてもらいながら

何とか教室まで入ったりしてました。


登校して1時間で

息子の携帯から連絡があって

パニックを起こしてる息子を迎えに行く日もたくさんありました。


ランドセルとボストンバックの中は

毎日大量のおもちゃを持って行きました。


息子は担任の先生と2人きりで

小さい教室で過ごしてましたが

校長先生や、自立活動の先生が

時間のある時に遊びに来てくださってました。


家以外の場所で、

私以外の人と、

少しでも過ごせる事が最初の学校に通う目的でした。


この対応でも

毎日泣き叫ぶ息子が可哀想で

胸がえぐられる想いでした。


何がそんなに怖いんだろう?

辛いんだろう?

苦しいんだろう?


小学部生活のスタートはそんな感じだったなぁ。


何となく、昔話しで

当時の話しを息子にすると

「その節はご迷惑をおかけして申し訳ない(๑˃̵ᴗ˂̵)💦」

って笑ってます。


イヤイヤ、良いのよ。

辛かったのはアナタよ。

頑張ったのもアナタよ。


今も苦しむ事はまだまだたくさんあるけど

あの頃より

笑顔が増えたよね😌


たくさん、出来る事も増えたね。


人を好きになったね。


お仕事も、大変そうだけど

やりがいを持って頑張ってるね。


人に気持ちも伝えらるようになってきたね。


母さんは、

🌸を見ると

少し胸がチクチクするけど


そのチクチクした気持ちをアナタが少しづつ取り除いてくれてる気がします。


息子の趣味で作った動画です😊

毎回貼ってますが

まだ観られてない方がいらしたら

良かったら覗いてあげてください(^人^)