古本屋さんで買った『いつもポケットにショパン』を読みながら、こんな話だったなぁと懐かしく思い出していました。
今、読み返しても、すごくおもしろい(^^)
この本の登場人物の中で好きだった、いや好きと言うよりは私が尊敬していたのは、主人公の麻子の高校のピアノの先生だった松苗先生です。
楽器の演奏がまるでできない私は、ピアノが弾けるというだけで、尊敬してしまうのですが…。
その松苗先生が麻子に
「おまえは わたしに ほめてもらうためにピアノを弾いているのか!?」
「わたしが ほめることで ビアニストになれるのなら いくらだって ほめてやるぞ」
と言っているシーンがあります。
若い頃、なぜ松苗先生がこんなことを言うのか、よくわかりませんでした。
今、あらためて読んでみて、ああ、これってピアニストに限らず、何かを表現しようとしている人に、共通して言える言葉ではないかと思いました。
人に感動を与える表現は、ほめられるという枠から飛び出して、自分の好きを貫くことでもあるんだろうなと思います。
「わたしがきみらに教えることは 絵画の世界でたとえれば 単にパネルに紙をはる技法でしかない
そこから先はひとりで きみが自分で絵の具を選び 色をつけていくんだ
絵には作者自身があらわれる
見聞をひろめなさい
頭をやわらかくし いろいろな考え方のできる人間になりなさい
自分をみがけばみがくほど 美しい絵が描けるだろう
楽しみにしていよう」
麻子の高校を去る前に、松苗先生が麻子に言った、この言葉も好きです。
今、読み返しても、すごくおもしろい(^^)
この本の登場人物の中で好きだった、いや好きと言うよりは私が尊敬していたのは、主人公の麻子の高校のピアノの先生だった松苗先生です。
楽器の演奏がまるでできない私は、ピアノが弾けるというだけで、尊敬してしまうのですが…。
その松苗先生が麻子に
「おまえは わたしに ほめてもらうためにピアノを弾いているのか!?」
「わたしが ほめることで ビアニストになれるのなら いくらだって ほめてやるぞ」
と言っているシーンがあります。
若い頃、なぜ松苗先生がこんなことを言うのか、よくわかりませんでした。
今、あらためて読んでみて、ああ、これってピアニストに限らず、何かを表現しようとしている人に、共通して言える言葉ではないかと思いました。
人に感動を与える表現は、ほめられるという枠から飛び出して、自分の好きを貫くことでもあるんだろうなと思います。
「わたしがきみらに教えることは 絵画の世界でたとえれば 単にパネルに紙をはる技法でしかない
そこから先はひとりで きみが自分で絵の具を選び 色をつけていくんだ
絵には作者自身があらわれる
見聞をひろめなさい
頭をやわらかくし いろいろな考え方のできる人間になりなさい
自分をみがけばみがくほど 美しい絵が描けるだろう
楽しみにしていよう」
麻子の高校を去る前に、松苗先生が麻子に言った、この言葉も好きです。
