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4年ぶり

lololog書くのも超ひさびさだけど、もっともっとひさしくご無沙汰だったものが
このあいだ来たんです。それは

生理

でございます。
なんと4年ぶり。2年前の2月に「おしるし」のようなものがあり、「おお、来た!」「2年ぶりだ!」と思ったんだけど、おしるしだけで終わりました。

今回は2月の11日からおりものがどよ~んとあったので「おお、これは排卵では?!」
と思ったんですが
それがなんと8日間もどよんどよんと続き、今度こそはおしるしでは済むまい
と覚悟を決めていました。

そしておりものが始まって3週間後、終わって2週間後に
れっきとした生理がやってきました。

すっかりあがっちゃったんだと思ってたんで
うれしいようなはずかしいような…
しかしやはり生理はきついですね。
ひさびさに子宮の存在を感じ、腹は痛いわ頭は痛いわ悪寒はするわ。
いままでの4年間バラ色に過ごして来たのはロロが生まれた高揚感
と思っていましたが、月に一度の憂鬱からの解放という意味合いも大きかったのでは
と、再開してみると感じます。

今回はおりものが多かったせいか出血も多かった。
あのかんじだとタマゴが一度に10個くらい出ちゃったかんじ。
止まっていたのが一気にどっと出たのでしょうか。

4年ぶりというのがあまり聞いたことなかったので
とにかく誰かに話したくて仕事仲間にしゃべりまくっていると
3人の男の子のママが、「私は最初の子のあとに一度も生理来ないで妊娠しちゃって
超ショックだった」と。「すごいね~100発100中だ!」と思わず言ってしまいましたが
ふと、あることを思い出しました。

出産前の母親学級で、やたらと産後の避妊に言及するのです。
避妊の仕方はペッサリーはこういうの、ピルはこういうのがありますとか
中学生の性教育のようなおせっかい感と、そこまでプライベートなとこに
立ち入らなくても…という違和感を感じました。

が、その100発100中ママの話を聞いて「そうか!」と思いました。
妊娠出産後最初の排卵ていうのはきっと今回の私のようにいっぱい出ちゃうんですね。
「いいですか、排卵は生理の前にあるんですよ」
と、また性教育かよ、と思うようなことを助産婦さんは口をすっぱくして言いました。
生理が来てから気をつけたんじゃ遅いってことなんです。
産後はじめての排卵は数が多く出るからいつもより妊娠期間が長いって
ことなんじゃないかな。だから妊娠しやすいってことなんじゃないかな。
だったらそうおしえてくれればわかりやすかったのにな。
かならずしもそういうことではないのだろうか?

私が4年間も止まっていたのはついこないだまでロロに乳を飲まれていたからです。
「生理来ない」というと先輩ママたちには「乳やめればすぐまた来るよ」と言われていましたが
4年も来ないんじゃアガったに決まってると思っていました。
ロロが乳を徐々にやめたのは1月に3歳児健診に行って虫歯が3本もあります
と言われてから。
甘いおやつはそんなに食べないしジュースも飲まないのに
虫歯ってことはやはり乳が原因だろうと思い、心を鬼にしてロロを拒み続けました。
今でも明け方は勝手に飲まれていたりしますが、基本やめられました。

馬車がかぼちゃに戻ったようにぺしゃんこになった胸。
生理は始まり胸はしぼむ。皮肉ですね。
いま思うと、授乳期はシンデレラ、まさに女である喜びが開花する時期だったのかも
しれません。
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もなかをほおばる。和菓子大好き、あんこ命。

手作りランチョンマット

 4月から保育園の進級で、あらたに用意しなきゃならないものがいくつかあった。いちばん面倒だったのは「ランチョンマット」。「30cm×40cm、キルティングの布をバイアステープで縁取る」という指定だった。「うへぇ~」というしぶしぶモードで手芸店へ行くが、キルティングの布はキャラものばっかりでなかなか気に入ったのがない。布を用意しないままに「鳩組さん」進級日が近づいてくる。
 「いっそ自分でキルティングしたら?」と母が言い出した。母は昔キルトやパッチワークを夢中でやっていたことがあるので、ひと通りの道具や材料は家にある。考えてみれば家に端切れがいっぱいあるのに、たかだかランチョンマットぽっちに布を買うのはあほらしい。よし、いっちょ自分でやってみっか。
そう思うと、俄然楽しくなってきた。自分で作るからにはミシンで格子状の縫い目をつけるんじゃつまらない。それにうちのミシンはどうも調子が悪いし、私はミシンは好きじゃない(正確には、ミシンが私を好きじゃない)。ちくちく手縫いで自由な模様を縫い込むことにした。給食が楽しくなるようなランチョンマット。ロロはおさかなが大好物なので、魚の模様にすることにした。まんなかに鯛、その横に鰹、エンゼルフィッシュ、下にはイカ、エビ、はまぐり。そして「ちひろ」という名前を刺繍。何十年も押し入れに眠っていた布と、私がアフリカから持ち帰った布を使った。
 マットは毎日使うので、3枚はないとローテーション組めない。キルト芯を中にはさむとちょっと分厚くなったので、2枚目はてぬぐいの間に大きめのガーゼのハンカチをはさんだ。それをぐるぐる縫ってしまってから、これまたロロの大好きな「象さん」モチーフを別布でアップリケにした。母象のあとに子象がついて歩いている図。下には大きく「LOLO」。
 私が連日よなべでやっているのを見かねたのか、見てたらキルト熱がうずき出したのか、もう1枚は母が作ると言い出した。キルティングの本をいっぱい出してきて古典的なモチーフを選んで、きちんと製図して本格的なキルトの柄になった。サイドにはおさかなとリンゴのぬいとり。昔私たち姉妹の誰かがきていたシャツのプリント柄(ゴルフしている少年)がカタチをかえてよみがえった。
 さっそく初日から海の仲間たちはケチャップまみれになって帰ってきた。手づくりといっても親の自己満足なんだけど、毎日キティちゃんやアンパンマンの顔を見て食事をするよりは母の作ったいびつだけど世界でひとつの魚やイカを見て食べて欲しいと思う。
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右脳と左脳の攻防

 子どもの脳は生後9ヶ月でシナプスの形成が完了するだとか、3歳までに人格できあがるだとか、右脳教育だとか、左脳教育だとか、最近は全脳教育という言葉もあるとか…。ロロは今日で2歳と4ヶ月。相変わらず言葉ははっきりしゃべらないし、相変わらず私の母はそれを気にしている。私は相変わらずそれはゆっくりでいいと思っている。
 先日、テレビであるドキュメンタリーを見た。キャリアを積んでバリバリやっていたアメリカ人女性の脳解剖学者が突然脳卒中に襲われる。体の自由がきかなくなり、言葉もしゃべれなくなり、記憶も薄れていく。だが、それからの彼女は不思議な幸福感に包まれ、まるで「涅槃」の境地にあったという。血管が破裂したのは左脳だった。左脳は言語や記憶を司る脳。かつて経験したことのない幸福感を体験したのは、左脳が停止状態になり右脳が活性化したせいだと彼女は自身を分析した。
 私はテレビを見ながら、自分の体験を思い出した。もちろん脳の血管が切れたことはないのだが、「なんともいえない幸福感」というのを「ああ、あれか」と思ったのだ。それは、妊娠してたとき。なんだかわからないけどいつも心がふわふわ宙に浮いているような、視界がそれまでよりも一段階明るいような、白いものがピンクに見えるような、まさに不思議な幸福感に包まれていた。それと同時に、お金の計算だとか、難しい話とかがもともと苦手なのに輪をかけてだめになった。集中力がなくなり、失語症になり、人と話すとどっと疲れた。あれはまさに左脳が仮死状態だったんだ。
 言葉を話せない、過去の記憶がない、ということは赤ちゃんといっしょ。だとすると生まれたばかりの赤ちゃんはみんななんともいえない幸福感に包まれているのだろうか。まあ、それを幸福感なんだと認識する機能もまだ脳は持っていないわけだけど。でも言語の習得とともにじょじょにそれが失われていってしまうのだとしたら…ますますしゃべりだすのは遅くていい、やはり私の考えは正しいと、いい番組を見たと、勝手になっとくしたのだった。もちろんずっと赤ちゃんのままでいることが人間の幸福ではない。ロロもゆっくりだけど言葉を覚え、世の中のルールを覚え、保育園での人間関係で喜びも哀しみも味わっていると思う。放っておいたってそうやって左脳は成長していく。でも脳卒中にでもならない限り逆に成長することはない。なんだかわからないけど幸福な日々を一日でも長くあじわって、ゆっくりゆっくり大人になってほしいと思うのだ。
 それと、妊娠中にしあわせ気分になったのは仮に右脳左脳の問題であったとしても、そうしてくれたのはロロだ。ロロをおなかに宿しているのはまるで太陽をかかえているようだった。その太陽が脳に指令を出してくれたのだ。それを思うと、早く言葉を覚えなさいなんていうのはとてもおこがましく思えてくる。
 っていうか、「くーくーちゃ!」って言ってるのが「きゅうきゅうしゃ」って言うようになったらつまんないなと、単にそう思うんです。

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