くりクラブ通信

くりクラブ通信

シー・ズー犬「くり」の生活

ご訪問ありがとうございます。
2005年イブの日 我が家にやってきた子犬にくりと名付けました。

日記をつけても3日と持たない母が、5歳になった愛犬のこれからを残したいと思い始めたブログです。

2019年11月15日、くり14歳1ヶ月と7日で天使になりました。

くりとの14年の思い出と、その後の日常を綴ったブログです。

そして、2019年イヴの日 我が家に杏という2代目わんこを迎えました。











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こんばんは。

くり・杏ママです。

今日は東日本大震災から10年ですね。

 

14時46分、

多くの亡くなられた方や、たくさんの動物たちに、

心静かに黙祷を捧げたいと思います。

あれから10年、被災された全ての皆様が、

穏やかな毎日でありますようお祈りいたします。

 

 

 

そして、先月2月13日に起こった大きな地震で、再び被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。

あの大震災から10年経った後に、こんなことになるとは…自然の恐ろしさをあらためて感じました。

 

実は…我が家も大きな被害を受けました。

その日の記録として記事にします。

 

23時8分頃、さぁ寝ようと思ったとき揺れを感じて、とっさに台所のストーブを止めて、

「ファンヒーター消して!!!」と叫びながらくりパパと杏がいる部屋へ移動しました。

揺れが激しくなり、くりパパは杏を抱きながらタンスを押さえていたけど、更に揺れが激しさを増して、押さえきれずベットに倒れ込みました。

その後タンスが倒れてきて、くりパパの代わりにタンスを受け止めたのは買ったばかりのファンヒーターでした。

私は座り込みながらテレビ台に捕まり、揺れで体が持って行かれないように必死でした。

東日本大震災の時と同じ震度6弱。

少しして揺れが止まってから見た家の中は、10年前と同じでした。

前の時はくりと散歩中に地震にあったので、室内でこんなに大きな揺れを体に感じたのは初めてでした。

怖くて怖くて…涙が出ました。

 

くりパパはすぐ職場に行き、残された私は余震におびえながら片付けを始めました。

納戸はタンスが斜めに倒れていて、タンスどうして支え合っている状態でした。

一歩も入れない感じでしたが、パジャマのままだったので、隙間から取れる洋服を出して、家の中はガラスが散乱していたので靴を履き作業しました。

台所は棚という棚が全部開いてほとんどのものが落ちてました。

冷蔵庫もすべて開いて、落ちて割れた食器が扉に挟まり閉まらない状態でした。

 

職場に行っていたくりパパが帰ってきたのは5時前。

それまで片付けしていたので、杏には安全なケージにいてもらいました。

私のただ事ではない動きにちょっと不安そうで、でも何も言わずにずっとお座りして我慢してくれてました。

 

 

地震の時まず思ったのは津波のことでした。

兄が海に近いところにいるので、すぐ電話をしました。

みんな無事で、震度は5強。

ちょっとしてから津波の心配はないとわかり安心しました。

次に心配だった原発。

テレビのニュースで問題ないことがわかり本当に安心しました。

 

家は・・・また大がかりな工事が必要で元に戻るにはだいぶ時間がかかりそうですあせる

色々あるけど「やるしかない!」と日々自分を奮い立たせています。

 

あっちこっちめちゃくちゃになったけど、お鈴の棒しか落ちなかったくりの仏壇。

さすがだね、くりウインク

 

(くり、踏ん張りまつた!)

 

地震の後すぐに連絡をくれたブロ友さん、またもや心配かけました。

こういう状態だったもので、「大丈夫、ありがとう」しか返せてなくてごめんなさい。

 

あれから10年、くり家また頑張ります!

生きているのだから何度でも頑張ります!

 

読んでいただいてありがとうございました😊

 

 

 

 

 

 

 

 

お久しぶりです、くりママです。

大変ご無沙汰しておりました。

 

くりをお空に送ってから、あっと言う間に1年が過ぎました。
前回の月命日の記事から、ブログを開くのが辛くて…暫く見る事ができませんでした。
でも、日記のようにくりとの日常を綴っていたので、その時のくりに会いたくて、夏頃から、時々自分のブログを見るようになりました。
「そうそう、あったあった」と思い出があふれ出して、嬉しくて…。
今日のことも残しておけば、あったこと、感じたことを懐かしく思い出せるので、くりへの想いを自分のために書き残しておこうと思いました。
 
なので、今回とてもすごく長いです(🙏)
 
昨年、たくさんのお花に囲まれて、皆さんの想いに一つ一つ感謝しながら、くりはお空へ旅立って行きました。
私と離れたくないから、その歩みは「一歩進んで、二歩下がる~」で、やたらと時間がかかったと思います。
私達夫婦も、くりのお陰で出来たご縁に、改めて感謝の気持ちでいっぱいでした。
 
離れたくないのは親も同じで、旅立つ娘が無事虹の橋に着けるか心配でたまりませんでした。
火葬を待っている間、先に逝った私の両親が、絶対に迎えに来てくれると、だから迷わず行けるよねって話をしていました。
 
2016年に父は病室で、
「くりに会いたい、連れて来い」
と無茶な事を言っていたのですが、結局最後まで会えないまま眠るように逝ってしまいました。
きっと虹の橋のギリギリのとこまで迎えに来て、
「くり、よく頑張ったな、ご苦労さん!」
とおやつ片手に声をかけたと思います。
 
それから2年後の2018年、母は病気がわかってから4ヶ月足らずで逝ってしまいました。
一時退院が出来た時、きっとこれが最後になると判断して、くりに会わせるため連れて行きました。
「くりー!くりー!」
と何度か声をあげた後は、起き上がることも、目を開けることも出来なかったのですが、夫がくりをベットの上にあげて、母の手を取りくりの体を触らせてくれて、ふれあうことが出来ました。
「うちの孫」
とくりをとても可愛がってくれた母なので、橋のギリギリまで来て、父より先にくりをギュッーっと抱きしめてくれたと思います。
 
お父さん・お母さん、私が行くまでくりをよろしくね。
でもお願いだから、ちょんまげを輪ゴムで結ぶのだけはやめてね、痛いから(苦笑)
 
そんなことを思いながら、あの日煙となって空に登っていく我が子を見送りました。
 
翌日は事務的な事をしました。
加入していた保険会社さんへくりが亡くなった連絡をしました。
とてもあたたかいお言葉をいただいて、私も感極まり、「お陰様で、十分な治療をすることが出来ました」と電話口の方に涙涙でお礼を言いました。
市の保健所はネットで登録の変更をすることが出来たので、”我が子の登録抹消”という悲しい手続きをしました。
その他、お花をくださった方へのお礼の品を用意したりと、気力を振り絞りながらひとつひとつこなしていきました。
 
翌週に、お世話になった病院にお礼をしに行きました。
先生から、
「くりはたくさんの病気があったけど、最後は老衰だった。お腹に出来た出来物もそういうことだった。
だから、ちゃんと天命をまっとうしたんだよ。くりはよく頑張ったし幸せだったと思う。お父さん・お母さんもよく頑張ったね」
と何よりもありがたいお言葉をいただきました。
看護師さんからも、
「くりちゃんがあの日何度も発作を起こして呼吸が止まったのに、何度も戻って来たのは、きっとお父さんが帰って来るのを待っていたかったんだと思います。最後は、お父さんとお母さんにそばにいて欲しかったんですよ」
と、これまたありがたいお言葉をかけていただきました。
受付で、いつも一緒の診察日だったプードルちゃんとその飼い主さんも来ていたので、一緒にみんなで話していた時、同じく一緒だったダックスちゃんと飼い主さんが入ってきて、ドアをあけるなり何も言わず私を抱きしめてくれました(大涙)
もうね~、私大号泣でした💧
でもその涙は、冷たいものじゃなくて、皆さんのおかげで、なんともあたたかい涙でした。
 
それからの日々は、お仏壇とお花の手入れがメインで(家事もね、一応主婦だから)、後はお骨を抱いてくりに話しかける毎日。
あっという間に日が暮れて、寂しい夜を過ごしていました。
ずっとくりを1番に考えて行動をしていたので、その1番がいないとどうしたらいいかわからない。
台所に立てば、「それはおいしいものでつか~?」って足下にいたのにもう居ない。
マッサージチェアーに座ると、「抱っこ抱っこ」って乗ってきて、ちっともマッサージした気がしなかったのに今はゆっくり揉まれてる。
買い物に行っても、くりが待ってるから必要な物だけ買って速攻帰っていたのに、今はぷらぷらスーパーの中を歩いてる。
散歩も行きました。
心の中でくりに話しかけながら。
結果号泣で怪しい人になってました(泣笑)
 
バイトも復帰して、人前ではちゃんと出来ても、1人になると情緒が不安定になる。
でも、それは夫も同じでした。
私のようにところ構わず泣くことが出来ない方が悲しみの溜まり方が深いっていうか、私には見せないように、お風呂に入った時に思いっきり泣いているようでした。
ただただ寂しい毎日。
この先もうずっと、ずーっと、寂しい日を送るんだと思いました。
 
 
そんなある日の日曜日、夫が不意に、「ペットショップに行ってみるか」と言いだしました。
「えーーーーー!?」と言いながらも嫌ではなかった私。
 
なんかもう寂しすぎて、2人ともあったかくて柔らかくてふわふわした物を触りたかったんだと思います。
それから一軒二軒と渡り歩き、三軒目の入り口ドアを開けたとき、正面奥の方に薄茶の後ろ頭が見えました。
近づきながら、すぐシー・ズーだとわかりました。
3ヶ月を過ぎた女の子。
ご飯茶碗をひっくり返して、カドラーの下敷きになったご飯を踏みつけながら、隣の子と遊びたくてピョンピョン跳ねている女の子。
じーっと見ていたら、売り場の人が声をかけてきて、少し迷ったけど抱っこをさせてもらいました。
 
デラックスなくりの体重に慣れていたため、小さくて軽くて、なんだか壊れ物を抱くようでした。
その子の説明書き(プライスカードね)には、成長にあたって注意する点が3つあり、今時のペットショップはマイナスポイントも表示するんだなぁと思いながら売り場の人の話を聞きました。
買うつもりはなかったのに、しっかり内容を聞いてしまい、マイナスがあったらこの子は家族が見つからないんじゃないかって勝手に心配になってしまいました。
それで思わずくりの病院の先生に連絡をする私(←迷惑な女でしょー。自分でもそう思います。)
先生は、
「あんなに大変な思いをしたのだから、次に家族にする子は健康な子にしなさい!」
と一喝。
そりゃそうだよね、言うよねそれは、くりのカルテの厚さ凄かったもんね〜と思い直し、売り場の人に“ふわふわ”を返しました。
ところが家に戻ってからもその子の事が気になり、ショップのホームページを何度も確認していました。
まだ売れてない・・・、大丈夫かな?・・・・と。
買わないのに2人で次の日もお店に行ってしまい、だから買わないって思っているのに、また次の日も2人で行ってしまいました。
そして3日目には、病院の看護師さん達にも相談の連絡をしてしまい…(苦苦笑)
先生から話を聞いてたらしく、電話したらハンズフリーに切り替えてみんな大笑い!
「電話来ると思ってました〜」
と。
それで、夕方お店に一緒に行ってくれると言うんです。
もーーーーー、ほんとにみんないい人達!!!
夫と一緒にお店で待ち合わせして、心配な点を1つずつチェックしてもらいました。
 
① ペコ(小)・・・もう塞がっていますよ。
② アンダー・・・このくらいなら心配ないでしょう。
③ 鼠径ヘルニア(小)・・・避妊手術の時に処置すれば良い。
 
という結果で、看護師さん達のおかげで、心配は全部解消!
“あの人何回も来て、今度は何やらプロっぽい人連れてきて、頭触ったり歯を診たりしている”とお店の人は少し怪訝そうでした。(店員さんゴメンなさい)
でも、最後に来てくれた看護師さんが、そこのショップでワンコを買っていたので、お店の人も事情がわかり快く対応してくれました。
 
結果、
「くりちゃんママのところにはワンコがいた方が絶対良い!」
と言う看護師さん達の後押しもあり、我が家に2代目のワンコを迎えることになりました。
 
 
くりを亡くしてから1ヶ月とちょっとなので、早過ぎると思いました。
ただ寂しいからっていう理由で、家族に迎えた感はあります。
でも、いろんな事があって…もう一度頑張ってみようと思い決めました。
 
名前は杏(あん)と言います。
名前を決めるときも色々あって・・・、迷いに迷いやっと年末に決まりました。
名前の由来は、栗も杏も実をつける植物ってことです。
 
今年の暑さが収まった頃、くりと散歩やピクニックに行った公園に杏を連れて行きました。
レジャーシートを敷いてご飯を食べた栗の木の隣にあったのは、なんと、杏の木でした。
何という偶然!
なんだか・・・こんなところにも縁を感じてしまいました。
 
ただいま1歳2ヶ月、元気で活発な女の子です。
 
今もくりを想って泣いてしまう毎日ですが、杏がいてくれるようになってからは泣いてる最中でも、おもちゃを投げろと持って来るので、泣きながら
「はい!ぽーーーーん!」とやっているうちに、いつの間にか笑えるようになりました。
 
今日はくりの本命日。
杏は時々、くりの仏壇の上の方をジーッと見ている時があります。
お姉ちゃんの存在を感じているのかな?
 
 
 
杏の名前を決めた日から、時々起こる不思議なお話はまた次の機会に書きたいと思います。
 
最後になりましたが、くりがいないクリスマスに、“元気を出して”と贈り物を送ってくれたブロ友さん達がいました。
慌ただしい毎日だったので、杏のことを報告出来ず、大変驚かせてしまいました。
あの時はごめんね~。
みんなの気持ち嬉しかったです!
 
 
一昨日、可愛いお地蔵さんが届きました。

渋い備前焼なので、我が家の仏壇にぴったりです。
 
また、昨日お世話になった看護師さんから、お花をいただきました。

最後の頃、丸1日預けて点滴治療をする日、もう自力では食べられなくなっていたので、朝早く起きて、療法食をふやかし潰して強制給仕をしていたました。
なかなかうまくいかない時、不足分はお弁当に持たせて、看護師さんにお願いしてました。
その時のこと、今でも鮮明に覚えていてくれるそうです。
よく、フードの潰し加減、柔らかさについて談義してましたね。
 
1年経っても、くりを想ってくれる方、思い出してくれる方、忘れないでいてくれる方がいることは、何よりの供養です。
本当にありがとうございました。
 
 
 
だいぶ長くなりました🙏
読んでいただいてありがとうございました。
                                                くり杏ママでした👋
                 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんばんは、くりママです。
くりが天使になってから1ヶ月、今日はくりの月命日です。
旅立つ日の事を残しておきたいと思い記事を書きます。



朝目覚めると、くりが横に座っていて私を見下ろしていました。
どうした?って聞くと、トイレシートにはウンチがポロポロとあって、1人でウンチをした事を褒めながら片付けをしました。
もう何日もまともに食べれていなかったのにすごいです。
その後、くりパパのところに行き、久しぶりにベットに上がりたい意思をみせました。
抱き上げてベットに乗せましたが、すぐに吐き気がきてケージに移動しました。

9日の診察では体温が下がり出していて、病院の先生から「残念だけど、死に向かっていると言うことだよ」と言われていて、13日に1日預けての点滴も体に入らなくなっていました。
家での薬もその頃から飲めなくなり、今思えばくりは旅立ちの準備をしていたのか?と思います。


その後寝ながら3度吐き、吐き気止めの薬を飲ませてももう効果がなくなっていました。
一度発作があり呼吸が止まりましたが、泣き叫ぶ私の声でなんとか戻ってくれて、午後病院に行くことができました。
体温は1度目が35度台で2度目でも36度ちょうどでした。
吐き気止めの注射を打ち、朝からおしっこをしていないため利尿剤の注射もしてもらいました。
お腹を触っても、もうおしっこは作られていなかったのです。
2日前からお腹に湿疹が何個かできて、それは日に日に大きくなり化膿したような感じでした。
そこも治療してもらいぐったりしたくりを抱いて自宅に戻りました。

それからすぐに2度目の発作があり、私は病院に電話をしました。
看護師さんから(看護師さんも泣きながら)、「くりちゃんを抱きしめてあげて下さい」と言われ、抱き上げようとした瞬間自力で呼吸が戻りました。
きっと泣き叫ぶ私の事が心配だったのだと思います。
もう危ないと判断して父さんに電話を入れました。
そこから2時間、抱っこしながらくりといろんな話をしました。

なんとか早く父さんが帰って来れて、抱っこをバトンタッチして2時間、すやすや寝息を立てている姿に、本当にあと数時間で逝ってしまうのか?と話していました。


その時が来て、父さんが抱っこをして、私はくりの目の前で手を握っていました。

「怖くないよ」
「くりは母ちゃんの宝物」
「ありがとう」
を何度も何度も繰り返し言いました。

11月15日 17時58分。
私の可愛い愛娘は、頑張って頑張って頑張り抜いて天使になりました。
その時利尿剤が効いて、たくさんのおしっこも出ました。
鼻水もおならも、何から何まで出し切って、綺麗な体で眠っているお顔は本当に天使のような寝顔でした。

もうたくさんの薬を飲むことも無い。
注射も無い。
やっとくりは楽になりました。

火葬の時の持ち物は
ちょんまげを結ぶゴムと飾りのリボン、おやつにお小遣いも持たせました。

私と離れたくないくりは、ちゃんと虹の橋を渡れたのか?
じーじとばーばが迎えに来てるので、尻尾を振りながら歩いて行ったけど、振り返ったら私が遠くに離れて行くからもう不安で橋を渡るの止めて、戻ってきたんじゃないかと心配になります。


くり14歳。
小さい頃からたくさんの病気と常に戦う犬生でした。
でも私達だけではなく、多くの方の支えがあって一つ一つ乗り越える犬生でした。
私達の大切な大切な宝物。
姿はなくてもその思いに変わりはありません。
いつかまた抱きしめる事ができると信じて、毎日供養していこうと思います。



読んでいただいてありがとうございました。