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目の前に現れた建造物に祥子は目を見張るほかなかった。
「ね・・・・・ねぇ、尚・・・・・」
「何?祥子さん。」
「ここって・・・・」
「俺の実家。」
「全国でも有名な老舗旅館の松乃園の中でも、とりわけ著名人しか受け付けない事で有名なのよ?この松月亭って。」
「そうなんだ?」
「そうよ!!松月亭に宿泊するのって、あらゆる業界の人間にとってステータスなのよ!!」
抗議の声を上げながらも、祥子は納得がいった。
松太郎の育ちの良さにではない。その羽振りの良さにだ。
ニートと言えば聞こえはいいが、ただ単なるヒモと化している松太郎のどこにお金があるのか常日頃から疑問に思っていたのだ。
けれど、家がとんでもなく金持ちならそれも頷ける。恐らく、松太郎は幼い頃から、叱られる事無く甘やかされ放題に育てられたのだろう。
現に、松太郎は世界は自分を中心に回っていると思い込んでいる節がある。
そして、そんな松太郎を騙す事はそう難しい事ではない。ほんの少しおだてさえすれば、松太郎は、何の疑問も持たずにこちらの意のままに動いてくれるのである。
これほど都合のいい人間もいない。
けれど、祥子は先ほどから嫌な予感がしてならない。
「ねぇ、どうして私もあなたのご両親に呼ばれたのかしら?」
「さぁ?俺も分かんね。たぶん、祥子さんをどっかで見初めて俺の嫁にとかじゃねぇの?」
松太郎は何も可笑しな事は無いといった口振りだが、果たして本当にそうだろうか?
話は数日前にさかのぼる。ある日、松太郎の携帯にお付き合いのある女性が居るのなら、その女性と一緒に家に帰って来いと電話があったのだ。
その時点で祥子は嫌な予感しかしなかったのだが、松太郎はただ単に親からの呼び出しウゼェ位にしか思いっていないようである。
松太郎と祥子が大人の付き合いをしてるのは秘密にしているのに、どうして松太郎の両親にばれたのか祥子にはさっぱり分からなかった。
「祥子さん、こっち。」
祥子の不安に全く気付いていない様子の松太郎は、旅館の裏口に回って、「おふくろ、帰ったぜ。」と声を掛けている。
ここまで来ては逃げる訳にも行かず、祥子は何とか自分自身を奮い立たせて松太郎の横に並んだ。
そこが自宅の玄関となるのだろう。着物をピシッと着こなした中年女性が二人を出迎えた。
「また遊び呆けてからに。あんたは、この松月亭の跡取りや言う事を忘れたらあきまへんぇ。」
「へい、へい。おふくろ、こっちが今付き合ってる安芸祥子さん。」
「ほう、あんたが。」
それまで松太郎に小言を言っていた女性の纏っていた空気が、一瞬のうちに凍った事を、祥子は本能で感じ取った。
「初めまして。ようこそお越しやす。」
松太郎の母親は言葉遣いも丁寧で顔も笑っているのに、自分が全く歓迎されていない雰囲気に祥子の中で先ほどからけたたましく警報が鳴り響いていた。
《つづく》
書こうと思っていた所まで行けなかった(>0<)
にしても、《松乃園》と《松月亭》、どっちが正しいんでしょうね。