今日から、ちょこっとずつ一人で営業にでるようになりました。




他事業部や、ほかの会社に行った同期が数字を追っかけてるのとか見て、うらやましがってたのも束の間。敬語もままならぬままに現場に飛んでいきます。




やっぱ不安より期待のほうが大きい。最初はもちろん、簡単なことからだし、自分がお客様を持つのは先のはなしだけど、それでもやっぱ楽しみ。




怒られてばっかでつらいのはつらいけど、なんとか前向きにがんばってやってると、たまに上司がチャンスをくれます。やっぱ嬉しいよね♪




明日は何を学べるのだろう。もはや日課??の一人イメトレがんばりまーす(笑)

週末3連チャン飲みで、完全に胃腸の調子がおかしいです。今日は夜飯も1杯しか食えなかった・・・。昨日は3~4杯くらいしか飲まなかったのに、今日の朝思いっきり二日酔いだし・・・。23~4になると酒が残るようになるって、年上の方々にかなり聞かされてきたけど、俺もいよいよな感じかもしれません。もうここからはおとっていく一方なのかも・・・。あぁー萎える。そいえばダービー今年も負けた。ダブルで萎える・・・orz



日曜の夜に、久しぶりに会社の内定者研修の仲間と飲んで、ちょっと焦りました。みんな本配属が決まって、バリバリ電話とかもとって、進捗も自分で管理して・・・って感じで、どんどん自信をつけて、成長してる感じで。もう目標(数字)を追っかけて、一生懸命がんばってる同期もたくさんいて、たまに自分を見失いそうになります。まったく意味のないことです。と分かってはいるんだけど・・・。



「人と比べて悲観しない」



何度も言われてることだし、自分でもそう思おうと頑張ってるつもりだけど、ホントに心からそう思うのはなかなか難しいもんです。



とまーそんな俺もいよいよ、今週末に本配属が発表されます。まだまだしばらく研修は続くんだけど。焦ってもしょうがない。まだまだ、何もできない赤ちゃんみたいなもんだから、どんどん人から吸収して、しっかりと業務フローやら社会人としての基本を覚えなきゃです。



ほんとに一歩一歩だなーって感じます。




目指せマイペースだなー。配属楽しみ♪

ストレスがたまっても、絶対にさわらない。当面はそれだけに細心の注意を払います。モラトリアム日記ご愛読ありがとうございました。URLはそのままに、タイトルだけ変更します。これからも、このURLをよろしくおねがいします。

20日にバイト先、通称ぱそな部の送別会がありました。卒業するみんなはみんな長く勤務していた人たちで、俺は1年5ヶ月働いたんだけど、それでも一番新参者でした。なんか歴史を感じます。



男3:女7という俺にとってはなんともおいしいバイト♪で、時間があっという間に過ぎて行きましたよ。まさにフリーター生活だったこの1年をみんなとほんとに楽しく過ごせました。



俺はほんとにバイトに恵まれたと思います。2年から3年にかけては、ビデオレンタル屋でバイトし、エロビデオ見放題な毎日でした。そして鬼のようなAV知識が付きました。あのとき勉強した各AVメーカーの特長やタイトルは忘れません。2年のときからはじめたハマスタは、年の近い沢山の友達が出来、金を貰ってビールを飲み、タダで野球を見まくり、何回も旅行し、たくさん楽しい時間を過ごしました。そしてビデオAVをクビになってはじめた派遣のバイトでは、全く環境も年齢もまったくちがう多くの仲間と数え切れないほどの酒を酌み交わし、これまた沢山の思い出を作ってこれました。



20日には、ぱそなのみんなからの寄せ書きを集めた、アルバムを貰いました。ねーさんやN崎さんにはほんと頭が上がりません。企画し、一枚一枚写真やみんなからのコメントを貼り付け、プレゼントを選び・・・自分達のためにがんばってくれたことを思うと、それだけで目頭が熱くなります。何回も何回も読み返してしまいました。サークルのみんなには感動モノのDVDとか貰ったし、最近はみんなよってたかって人の涙腺を攻撃してきます。本当にもうモラトリアムは終わりなんだと実感します。



結局朝まで飲んで歌って、そのまま天理ビルに直行してハマスタの人たちとスノボに行き、体力の限界まで楽しんでました。なんか仲間に恵まれて幸せとか感じちゃってますよ。



バイト最終日。終わってからさっきまで宅のみしてました。しばらくは実家に帰るし、仕事も忙しそうなので今までみたいに頻繁にはみんなと会えなくなるけど、また横浜に足を伸ばした際には、ぱそなのみんなも相手してくれたらとおもいます。



24日には卒業式が控えています。27日には引越しです。さすがに実感が沸いてきました。正直、社会人になる実感よりも、横浜とおさらばすることに対する実感のほうが強いです。何か寂しいけど、よくわからないやりきった感があるので、もう未練はほとんどありません。でもやっぱ寂しいかな・・・



事前欠勤届けを月末分まで書いて、入館証をmgrに返して、ハンコ押してDNCCとお別れしてきました。ミスしてたらごめんなさい。もう知りませんw



お世話になりましたー。

なんとなくトリノオリンピックについて書こうかと・・・。


今回日本はメダル1個で終わっちゃったわけで、結果だけ見たらちょっと残念だったけど、今までのオリンピックの中でも特に感動と興奮を覚えた気がする。やっぱ同年代の人たちががんばってるからなのかな。ちょっと話は脱線するけど、この前ラグビーの日本選手権で、早稲田大学が社会人のトヨタに勝った。後半10分のトヨタの猛攻を凌ぎきったとことか、ノーサイドの直前の攻撃を防いだとことか、すごく感動したよ。オリンピックではそれと同じような感動を見るたびに味わえて、ほんとよかった。



全体として結果が出なかったことについて、見てるこっちもちょっと悔しかったけど、1番悔しいのは絶対に選手自身なんだよね。なんか強化委員長とかが責任の擦り付け合いみたいのやってるみたいだけど、どう考えても筋違いだよね。ばかじゃないの?って思う。終わったことで責任がどうとか言ってる暇があったら、もっと冬季スポーツを普及させたり、選手を金銭面でバックアップしたりする努力をしろって思うよ。



特にマイナーな競技なんかでは、スポンサーもなかなか付かなくて、渡航費なんかも自費負担って現状があるみたい。それじゃーなかなか勝てないよね。けど、スポンサーとなるべき企業の側からしても、利益とならないことに金は賭けられないという現状があるみたいで、簡単な問題ではないと思うけど、なんとかしてバックアップ体制を整えていけたら、これからきっと変わってくると思う。



ほかにも問題があって、モーグルの上村選手とかみたいに名前の売れてる選手とか、今回の荒川選手みたいにメダルをとった選手とかはいいけど、そうでない選手は、引退後のセカンドキャリアについてずっと悩み続けていかなければならない。これはスポーツ界全体に言える事なんだけど、スター選手を除いて、どんなスポーツの選手でもキャリアに関しては不安を抱え続けて生きている。Jリーグではセカンドキャリアに対しての勉強会みたいのもやってて、日本では画期的な動きだと思うけど、プロ野球なんかでも、現状は放置状態。冬季スポーツなんかに関しては、どこの団体も全くといっていいほどセカンドキャリアについてはノータッチといっていいのが現状だと認識している。



こんな状態でスポーツにのめりこめる環境があると言えるのだろうか??うーん。と考えながら、オリンピックに関する記事を見ていたら、こんな文章にめぐり合った。


セカンドキャリア、つまり引退後の問題もある。競技生活をしているときはいいが、その後の人生はどうするのか。
 競技者本人は「自己満足ですからいいんです」と言う。一方、企業側からも「自己責任の範囲」という声がある。あるメーカーの担当者は「企業としては歓迎。だが、実際に続けられる人は少ない」と語った。実際、選手も「競技ばかりしてきたから、一般企業で働くことができるかどうか不安」と本音を漏らす。

 「五輪出場選手という肩書きを持っていれば、地元に戻ると何か就職の口はある」と言う方もいた。だが、「冬季五輪の代表なんて腐るほどいる。一部の地域に集中しているわけですから。大学を出たとしても、忙しいから教師の資格を取れていない人も多いでしょう。結構難しいですよ……」と、多くの五輪代表を輩出する地域の報道関係者は教えてくれた。

 JOC(日本オリンピック委員会)は「セカンドキャリアプロジェクト」を発足させているが、五輪代表クラスの選手でさえ、この実情。五輪代表の下には、何万という競技者たちがいる。さらに、たとえプロになったとしても、この問題は日本スポーツ界の永遠のテーマとしてつきまとう。

 五輪は祭りだ。4年に一度、スポーツ発展のステータスでもある。と同時に、その光の裏には影もある。五輪が行われるたびに思い、考えることだろう。



この問題も一筋縄ではいかなそう。キャリアという問題に関しては、自分の就職先とも密接に関わってくることなので特に興味をもってるけど、スポーツ選手のセカンドキャリアに関しても、うまくサポートしていける体制を整えられたら、それはすばらしい社会貢献になるし,本当にそういう仕事ができたとしたら、自分としても、誇りを持てる。仕事まだまだその前に乗り越えなきゃいけないことは山のようにあるんだろうけど、将来的にそんなことに携わってみたいなと思う今日この頃です。



スポーツはいつも自分を勇気付けてくれる。そして楽しませてくれる。だからもっともっといろんなスポーツを知って、裾野を広げていけたらいいなって思いました。