洗礼(秋季エベレスト西稜登頂まであと19日) | 栗城史多オフィシャルブログ Powered by Ameba

洗礼(秋季エベレスト西稜登頂まであと19日)


 ヒマラヤは、決して深くて青いブルーだけではない。真っ白で寒さも暖かさもなく、凛として巨大な氷棟がまるで生き物かのようにこちらを向いている。

 朝、5時。いよいよ秋季エベレスト西稜に向けて一歩を踏み出す。プジャというヒマラヤ伝統の安全祈願は18日となり、それまでに少しでも高所に順応しようと思い、霧が立ちこめる中、氷河の中に入って行った。もう
3回も来ているからだろうか。ルート旗という目印になる旗がなくてもなんとなく足が出ていき、そして、昨年を思い出すかのように登っていった。

 今回の勝負どころは、7500
mの西稜線に出てからだ。ホーバイン•クロワールと呼ばれる長い氷と雪の溝に入り、真っすぐに頂上を目指して行く。

 しかし、そこに立つ前に霧の中の巨大な氷河をまるで迷路のように登っていかなくてはいけない。風もなく、静かに湿った雪が降り注ぎ続ける。そして、左のローラ•フェイスから地響きのような雪崩が何度も聞こえてきた。

 なぜ、エベレストに向かう登山隊は春が多いのか。それはこの秋季独特の悪天候が続くせいだ。モンスーンと湿った空気で晴れることは少なく、晴れたと思っても一気に気温は下がり、冬に向かう。山の先輩から何度も「春に行けよ」と言われたが、人の多い春ではなく、生身のエベレストを感じて登りたいと思い、秋季にこだわり続けてきていた。

 しかし、プロの山岳気象予報士でも予報は難しく、この湿った霧の中に僕は深く高く身体を差し出して行く。

 小さなクレバスが徐々に大きくなり、大股に越えていたものが、これ以上は股が開かないよと言い始めるといつもの梯子が出てきた。

 この梯子は
SPCCと呼ばれるネパール政府組織がかけるのだが、秋季は登山隊が少ないために、たった4人で「今日も天気悪くてダメだね」と下から見上げ続けている。案の定、ルートは「ダム」と呼ばれる標高6000mのキャンプ1手前で終わっていた。

 梯子を眺めていると奥のローラ•フェイスから巨大な滝のように雪が落ち始めていた。

 「かなり雪が溜まっているな」と思っていたら。突然、山が落ちてくるかのようにドーンと雪は巨大な雲になり、地響きと共に向かってきた。

 「雪崩だ!」と叫び、できるだけ走って氷河を盾にして逃げ込む。地響きは収まる気配を感じ、すぐに無事であるということを直感で感じ取るが、あれがもう少し大きく、そして左側のルートを登っていたら…。粉々に砕けた雪と氷が、爆風と共に飛んでくる。先ほどの湿った雪とは違い、硬く刺さるような雪が最後はチラチラと降り注いだ。

 エベレストの洗礼を浴び、僕は身も心もとてつもない場所にいることを再認識した。


 ご報告
昨日9月15日は、昨年ベースキャンプで突発性のくも膜下出血で亡くなられた木野広明さんの一周忌でした。昨日の夜に栗城隊全員で黙祷を捧げました。木野さんはヒマラヤ未踏峰を登るなど、ベテランの山岳カメラマンでした。木野さんのためにも一同全員無事に、そして僕は登頂を目指していくことを心に誓いました。木野さんの大好きなヒマラヤで一緒に山頂の景色が見られますように。


 雪崩の様子の動画。マルチクリコプターが、朝から序盤空撮に挑戦してくれました。