雇用社会の危機と労働法制の課題
毛塚 勝利(法政大学大学院客員教授)
2 雇用の劣化を防止するための法政策とは
(1)正規・非正規の二元的雇用管理の是正-均等・均衡処遇の確立
雇用改革の柱が正規・非正規の二極化構 造の是正にあると認識しているならば、なすべきことは、労働市場レベルで、税・社会保 険制度において非正規雇用のインセンティブ を与えることをやめることであり、企業レベ ルでは雇用管理において均等・均衡処遇を確立することである。
均等・均衡処遇は、すでに労契法20条やパート法新8条において、正規と非正規(有期・パート労働者)との間で、労働条件・待遇の「不合理」な「相違」を禁止するかたちで明文化されているが、それを正社員相互間にも妥当させる必要がある。そのためには、均等・均衡処遇が平等原則にもとづくことを確認し、労契法3条2項に明確化する必要があろう。平等原則とは、当該生活空間においてすべての構成員を同一のルール(法・規範)のもとにおくことであり、これを賃金に関してみれば、第一に、賃金処遇原則(賃金体系)は合理的理由があるものでないかぎり同一原則をとることである。雇用管理区分を分けることで賃金処遇原則をとる場合には、分けて雇用管理することに合理性が求められる。第二に、雇用管理区分を設けて異なる賃金処遇原則をとることに合理性がある場合にも、時間的経過のなかで、乗換可能性が確保されていることである。労働者の職業的能力や生活環境は時間的経過のなかで変化するから、環境の変化を無視して契約締結時の雇用管理区分に縛りつけることは、平等原則に反するからである。第三に、いかなる賃金処遇原則が適用される場合でも、仕事の性格が同質のものである限り賃金の格差が合理的範囲にとどまること(同一労働同一賃金原則)である。
(2)労働時間法―規制目的と手法の転換
(イ)生活時間の確保
「時間の貧困」の克服は極めて困難な課題である。時間外労働と年休消化率はこの20年間まったく改善されなかったからである。では、改善されない労働時間問題にどう取り組むか。まず、第三次産業で就労する労働者が7割以上を占めるようになった産業構造の変化や情報技術の発展により労働の支配的形態が変わったことを確認しておく必要がある。モノではなくヒトに働きかける労働は時刻でのオン・オフは困難であるし、情報技術の進展で労働者を労働に包摂するに場所を問わない。つまり、労働者の生活時間への浸食可能性が高いのが今日の支配的労働の特性ということである。それゆえ、正面から生活時間の確保をも労働時間法制の柱にすえることである。これは、女性の年齢階級別労働力化率(M字カーブ)の底が7割を超えるようになった労働市場の変化を考えると、なおさら必要なことである。
生活時間の確保に労働時間規制の柱をすえることは、労働者の労働時間の選択可能性を拡大すること、そして、何よりも、時間外労働には代替休暇=時間調整を基本とすることである。もちろん、労働時間の長さを自分で調整するフレックスタイム制の普及率の低さ(適用労働者8%)が示すように、労働者による時間調整は決して容易ではない。それゆえ、一定時間数を超えるときは割増率分ではなく本体につき代替休暇の付与義務を使用者に課すことが前提である。それは、時間外労働を賃金収入のためとして合理化することなく、それが生活時間や他者の雇用機会をも奪う「労働時間の公共性」に反すると認識する意識の転換を労働者に求めることでもある。
なお、生活時間の観点から労働時間法を考える場合、より一般的に労働者の生活にあわせて労働時間との調整ができる必要がある。そのためには、育介法のなかで短時間勤務の選択権を保障するだけでなく、労契法のなか で3条3項のWLB規定の具体化をはかり、合理的理由がある場合にはすべての労働者に労働時間の調整権を与えることが適合的である。
(ロ)賃金時間の規整
非正規労働者の「賃金の貧困」に対しては、最低賃金制度とは別に、賃金時間の規整も必要となる。仮に均等処遇が妥当したとしても、税・社会保険制度の改革が進まない場合、負担を望まぬ企業により、労働者は細切れの短時間労働の選択を強いられる。これを防止するうえでは、上述した勤務時間の調整権(通常時間勤務の選択)の保障も有効となる。また、成果主義名目での賃金の減額や不払いへの対応には、現行労基法27条の実効性の欠如からみて、やはり労契法のなかで労働時間に応じた保障給を定め具体的賃金請求権を根拠付ける必要があろう。
(3)派遣労働法−労働市場政策目的の明確化
派遣労働法の最大の問題点は、政策目的が明確でないことである。他人の労務を利用する契約は、利用者が労務提供者と直接契約を締結する二当事者間契約(雇用契約)が市民社会成立以降の一般的類型であり、労務の利用者が提供者と契約を結ばなくてもよい派遣労働は、法律で作った人為的な働き方であり、労働者にとっては生活の設計ができない極めて不安定な働き方である。それゆえ、かかる働き方を認める労働市場政策目的を明確にしておく必要がある。
かつて主張された専門的労働市場の形成は、今日、通常の雇用形態のなかで行うべきものであるから、いまや独自の存在意義はない。では、なぜ派遣労働を認める必要があるのか。それは労働市場には失業がある一方で一時的労働需要も必ず発生するからにほかならない。それゆえ、一時的労働需要を繋いで継続的な就労を確保し、通常の直接的雇用に定着させていくのが派遣労働市場政策の根幹なのである。したがって、派遣元は、散在する一時的労働需要を集約して継続的就労の機会を確保するとともに、職業的能力の開発につとめ、派遣労働者の通常雇用への定着の手助けをすること、また、派遣先も、一時的労働需要を超える需要が発生したときは、派遣労働者を通常雇用に定着させていく責務を負うことが求められる。それゆえ、労働組合や労働者代表が、派遣労働力の利用を一時的な労働需要に限定すべく適正な管理をコントロールするとともに、一時的需要を超える需要となった場合には、派遣労働者を通常労働者として定着させていく責務を負うこともまた当然に求められる。