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(仮)アホを自覚し努力を続ける!

アウグスティヌスの格言「己の実力が不充分であることを知る事が己の実力を充実させる」

「多様な働き方」における 生活賃金の課題
藤原 千沙(法政大学大原社会問題研究所准教授)

 


1.ある仕事説明会での経験から

 

 2011年の東日本大震災後、被災地で開かれた仕事説明会に参加した。会場であるハローワークの会議室には首都圏から来た複数の会社の担当者が並び、震災で仕事を失った被災者への就業支援として自社ではこのような仕事が提供できるという説明が続いた。いま政府も推進しているテレワークの紹介である。

 

 テレワークとは「tele=離れた場所で」「work=働く」ことを意味する言葉とされ、パソコンやインターネットを活用することで、働く場所と時間を柔軟に選択できる働き方とされている。地元に仕事はないが地元を離れられない被災者にとっては格好の就業機会であり、その説明会への参加は雇用保険受給者の求職活動としても認められることから、多くの求職者が参加していた。

 

 だがそこで紹介された仕事は驚くものであった。ある仕事は、意味のない数字や文字をひたすらデータ入力する仕事だった。会社にとっては意味のある文書だが、あえて意味がわからないよう文字や数字を多数に切り分けて発注するため、情報漏洩の心配や管理に困らず安心できる仕事だと説明された。

 

 ある仕事は、指定されたキーワードを使って文章を作成する仕事だった。指定回数以上キーワードが入っていれば文章の中身は問わないが、インターネット上からの文章のコピーや盗作は厳禁だと注意点が示された。単にキーワードを適当に散りばめただけの文章に何の価値があるのかわからなかったが、インターネット上での検索ランキングを上げるためにそういった文章が使用されるのかもしれないと想像した。

 

 ある仕事の説明では、仕事の報酬は現金ではなく「ポイント」で支払われると明言された。インターネット上の買い物では現金同様に使えるほか、ポイント交換サイトを利用すれば現金や電子マネーにも交換できるので、現金と同じですというのが担当者の説明であった。「それは許されるのか」と驚き、会場にいるハローワークの職員から何らかの注釈や補足説明があるものと期待したが、何事もなく会社の説明は続き、その日の仕事説明会は終了した。

雇用社会の危機と労働法制の課題
毛塚 勝利(法政大学大学院客員教授)


3 雇用社会の変容と労働法制の課題

 

(1)急ぐべき労働者代表制の整備

 非正規問題への対応には、労使関係システムの調整、とくに労働者代表制の整備も不可欠である。企業別組合が非正規労働者をも組織し対応すべきことは王道といえるが、交渉制民主主義の主体となる団結はもともと利害の同質性を前提とする組織であるため、決して容易ではない。その点、異なる利害の調整を得意とするのが代表制民主主義の労使関係である。すでに、現行法のもとでも過半数組合は非正規労働者を組織すると否とにかかわらず、就業規則の整備や時間外・休日労働等の規制等、労働者代表として任にあたることが求められている。それゆえ、過半数組合は労働者代表として非正規労働者の均等処遇や派遣労働者の定着に積極的に関与すべきである。ただ、現行法上は、過半数労働者代表制度を保護法的規制の柔軟性確保手段として利用することに力点をおき、労使関係制度として位置づけていない。そのため、その運用の公正さの担保も、組合法制との調整原理も欠いている。法的整備は、交渉制と代表制の労使関係の原理的相違を明確にし、組合機能の侵蝕を回避することにもなる。

 

 労働者代表制の整備は、買収・分割・合併・事業譲渡等、企業組織の変動が常態といってよい今日の企業システムにも有効である。企業別労働組合は企業変動により、組織的に分断され、ときには交渉すべき「使用者」を失うことになりかねないが、これまで特段の法的措置がとられていない。しかし、企業組織がどのように変動するにせよ、企業グループを含めて従業員の発言を確保することは、「使用者概念の拡大」による交渉制の補 正とは別に、不可欠である。代表制民主主義の原理にもとづき労使協議を企業グループのレベルまで担保しておくべきであろう。


(2)個人就業者増大への対応

 今後の非正規問題を考える場合、請負や委託等の契約により労務を提供する個人就業者の拡大も無視できない。その数は2007年の時点ですでに125万人を超えるといわれ、現在では派遣労働者数を上回っていると思われる。従前から、傭車運転手、修繕・修理工等の労基法・労災保険法の適用(労働者性)が問題となってきたこと、とくに、近年では、製品の修理補修業務従事者や個人代行店等の団交救済をめぐる労組法の労働者性が争われたことは周知の通りである。企業組織へ組み入れがなされている場合には、事業者性が顕著でない限り、かかる就業者も労組法上の労働者とすることで一応の実務上の了解がなされている(最判平23.4.12及び同年の厚労省・労使関係研究会報告書)。

 

 しかし、今、情報革命の進展によって急速に進行しているのは、組織的組み入れの希薄な外部労働力の利用である。プラットホームといわれるクラウドソーシング会社がワーカー(受注者)とクライアント(発注者)をつなぐ。仕事を細分化してネット上の不特定多数に仕事を発注する、デザインなどの仕様をネットで提示して応募作品から目的にあったものを選択する等、方法は異なっても、かかる個人就業者は特定のクライアントと継続的関係をもつものでも組織的組み入れが行われるわけではない。現在の法的状況のもとでは、かかる就業者に最低賃金の保障も年休の保障も、雇用保険の適用もない。これらの就業者にどのように法的保護を与えるのか、また、労働組合がこれらの就業者をどう組織し、 どのような手法でその利益を守るのかは今後 の重要な政策的課題となろう。

雇用社会の危機と労働法制の課題
毛塚 勝利(法政大学大学院客員教授)

 

2  雇用の劣化を防止するための法政策とは


 (1)正規・非正規の二元的雇用管理の是正-均等・均衡処遇の確立

 

 雇用改革の柱が正規・非正規の二極化構 造の是正にあると認識しているならば、なすべきことは、労働市場レベルで、税・社会保 険制度において非正規雇用のインセンティブ を与えることをやめることであり、企業レベ ルでは雇用管理において均等・均衡処遇を確立することである。

 

 均等・均衡処遇は、すでに労契法20条やパート法新8条において、正規と非正規(有期・パート労働者)との間で、労働条件・待遇の「不合理」な「相違」を禁止するかたちで明文化されているが、それを正社員相互間にも妥当させる必要がある。そのためには、均等・均衡処遇が平等原則にもとづくことを確認し、労契法3条2項に明確化する必要があろう。平等原則とは、当該生活空間においてすべての構成員を同一のルール(法・規範)のもとにおくことであり、これを賃金に関してみれば、第一に、賃金処遇原則(賃金体系)は合理的理由があるものでないかぎり同一原則をとることである。雇用管理区分を分けることで賃金処遇原則をとる場合には、分けて雇用管理することに合理性が求められる。第二に、雇用管理区分を設けて異なる賃金処遇原則をとることに合理性がある場合にも、時間的経過のなかで、乗換可能性が確保されていることである。労働者の職業的能力や生活環境は時間的経過のなかで変化するから、環境の変化を無視して契約締結時の雇用管理区分に縛りつけることは、平等原則に反するからである。第三に、いかなる賃金処遇原則が適用される場合でも、仕事の性格が同質のものである限り賃金の格差が合理的範囲にとどまること(同一労働同一賃金原則)である。


 (2)労働時間法―規制目的と手法の転換

 

 (イ)生活時間の確保

 

 「時間の貧困」の克服は極めて困難な課題である。時間外労働と年休消化率はこの20年間まったく改善されなかったからである。では、改善されない労働時間問題にどう取り組むか。まず、第三次産業で就労する労働者が7割以上を占めるようになった産業構造の変化や情報技術の発展により労働の支配的形態が変わったことを確認しておく必要がある。モノではなくヒトに働きかける労働は時刻でのオン・オフは困難であるし、情報技術の進展で労働者を労働に包摂するに場所を問わない。つまり、労働者の生活時間への浸食可能性が高いのが今日の支配的労働の特性ということである。それゆえ、正面から生活時間の確保をも労働時間法制の柱にすえることである。これは、女性の年齢階級別労働力化率(M字カーブ)の底が7割を超えるようになった労働市場の変化を考えると、なおさら必要なことである。

 

 生活時間の確保に労働時間規制の柱をすえることは、労働者の労働時間の選択可能性を拡大すること、そして、何よりも、時間外労働には代替休暇=時間調整を基本とすることである。もちろん、労働時間の長さを自分で調整するフレックスタイム制の普及率の低さ(適用労働者8%)が示すように、労働者による時間調整は決して容易ではない。それゆえ、一定時間数を超えるときは割増率分ではなく本体につき代替休暇の付与義務を使用者に課すことが前提である。それは、時間外労働を賃金収入のためとして合理化することなく、それが生活時間や他者の雇用機会をも奪う「労働時間の公共性」に反すると認識する意識の転換を労働者に求めることでもある。

 

 なお、生活時間の観点から労働時間法を考える場合、より一般的に労働者の生活にあわせて労働時間との調整ができる必要がある。そのためには、育介法のなかで短時間勤務の選択権を保障するだけでなく、労契法のなか で3条3項のWLB規定の具体化をはかり、合理的理由がある場合にはすべての労働者に労働時間の調整権を与えることが適合的である。

 

 (ロ)賃金時間の規整

 非正規労働者の「賃金の貧困」に対しては、最低賃金制度とは別に、賃金時間の規整も必要となる。仮に均等処遇が妥当したとしても、税・社会保険制度の改革が進まない場合、負担を望まぬ企業により、労働者は細切れの短時間労働の選択を強いられる。これを防止するうえでは、上述した勤務時間の調整権(通常時間勤務の選択)の保障も有効となる。また、成果主義名目での賃金の減額や不払いへの対応には、現行労基法27条の実効性の欠如からみて、やはり労契法のなかで労働時間に応じた保障給を定め具体的賃金請求権を根拠付ける必要があろう。

 

(3)派遣労働法−労働市場政策目的の明確化

 

 派遣労働法の最大の問題点は、政策目的が明確でないことである。他人の労務を利用する契約は、利用者が労務提供者と直接契約を締結する二当事者間契約(雇用契約)が市民社会成立以降の一般的類型であり、労務の利用者が提供者と契約を結ばなくてもよい派遣労働は、法律で作った人為的な働き方であり、労働者にとっては生活の設計ができない極めて不安定な働き方である。それゆえ、かかる働き方を認める労働市場政策目的を明確にしておく必要がある。

 

 かつて主張された専門的労働市場の形成は、今日、通常の雇用形態のなかで行うべきものであるから、いまや独自の存在意義はない。では、なぜ派遣労働を認める必要があるのか。それは労働市場には失業がある一方で一時的労働需要も必ず発生するからにほかならない。それゆえ、一時的労働需要を繋いで継続的な就労を確保し、通常の直接的雇用に定着させていくのが派遣労働市場政策の根幹なのである。したがって、派遣元は、散在する一時的労働需要を集約して継続的就労の機会を確保するとともに、職業的能力の開発につとめ、派遣労働者の通常雇用への定着の手助けをすること、また、派遣先も、一時的労働需要を超える需要が発生したときは、派遣労働者を通常雇用に定着させていく責務を負うことが求められる。それゆえ、労働組合や労働者代表が、派遣労働力の利用を一時的な労働需要に限定すべく適正な管理をコントロールするとともに、一時的需要を超える需要となった場合には、派遣労働者を通常労働者として定着させていく責務を負うこともまた当然に求められる。