イエスとノーの使い分けを極めよう
(ステファニー・オーバビー)
CIOが社内の技術選択をすべて管理することはもはや不可能である。しかし、リスクを管理し、ITを独自に導入するユーザーの深刻な失敗を予防するのは絶対に必要だ。
我流ユーザーが幅をきかせる今日のエンタープライズIT
CEOは自分の「iPad」にすっかり夢中、マーケティング・チームは有名なソーシャル・メディア・サイトすべてにページを開設し、営業グループはSaaS(Software-as-a-Service)のサブスクリプションをこっそり購入している。その一方でオペレーション担当副社長は、サプライチェーンの運用にクラウドを利用することが業務改善につながるかどうかを検討している――。
企業ITの世界では、ユーザーが自らの流儀を押し通すのが当たり前になりつつあるように見える。
だがそれも無理はない。ITのコンシューマライゼーションが進み、クラウドが台頭し、ビジネスにおけるITへの要求はとどまるところを知らないのだ。こうした環境下で、「より優れた、よりパフォーマンスの高い、あるいはより安価な技術をIT部門を通さずに手に入れられないか」と考えない人はいないだろう。
米国フォレスター・リサーチは、こうしたユーザーの希望がかなうようになってきた現状を「企業ITの分権時代」と呼んでいる。「ITに関する意思決定にビジネス部門が果たす役割はますます大きくなっていくだろう」と、フォレスターで副社長を務めるマット・ブラウン氏は語る。同氏によれば、「これは長期的な傾向だ」そうだ。
米国市民権・移民業務局(USCIS)のCIO、マーク・シュウォーツ氏は、こうした変化の背景をよく理解している。職員は、プロセスを改善する方法を見つけたり、新しいビジネス・ニーズを満たすための技術が必要になったりした場合、すぐに行動を起こそうとするとシュウォーツ氏は説明する。
「IT部門は、リソースの制約やプロジェクトのバックログ、ガバナンスのプロセスと管理への関与、セキュリティや保守性の重視という要因から彼らの力になれないこともあるし、十分迅速に対応できないこともある」(シュウォーツ氏)。
ベテランのITリーダーは、必ず不幸な結末を迎える物語がまた1つ始まったと思うだろう。低価格サーバが登場したころのことを覚えている読者はいるだろうか。当時、腰が重いIT部門にフラストレーションを募らせたビジネス部門がそうしたサーバを独自に購入し始めた。だが、十分な計画なしに構築したサーバ・ファームの管理がいかにコスト高で困難かを理解すると、途端にそれらをIT部門に丸投げした。PC革命も、時代は異なるものの同様の顛末をたどった。
だが今回は、先見の明あるCIOが事態に前向きに対処し、こうしたおなじみのストーリーの結末を変えようと意気込んでいる。目下の課題は、独自の取り組みを進めたいというビジネス部門の要望に「イエス」と言うために、それらが円滑に行われるようサポートする方法を見いだすことだ。CIOは、技術の選択をより的確かつ迅速に行う方法を検討し、これらの選択に伴う企業リスクについてビジネス担当役員を教育して、ビジネス・リーダーがITに関する意思決定の一部を独自に行うのに役立つガイドライン(CIOにとってはコミュニケーションのきっかけになる)を策定している。
将来、企業ITに関する意思決定は、ユーザーに代わって専門家によって行われるのではなく、両者のパートナーシップに基づいて行われるようになるだろう。IT部門が社内の技術選択をすべて管理することはなくなるはずだ。しかしCIOは、社内の技術の全体的な展開については今後も管理していかなければならない。IT部門は、それが可能な場合は常にビジネス・ニーズに迅速かつ柔軟に対応する方法を見つけられるだろう。しかしこれが不可能なときは、ITリーダーは“影のIT部門”、つまり各ビジネス部門におけるITの独自導入の中心メンバーに対し、IT部門がビジネス部門のために行ってきたような選択と妥協を行ってもらうよう働きかけねばならない。
従来のIT部門にとっては難しい転換だと言えるが、選択の余地はない。フランスのコンサルティング会社キャップジェミニのグローバルCTO(最高技術責任者)、アンディ・マルホランド氏は、「IT部門が任意の技術をサポートしないときはユーザーが必要に応じて自力で導入するだろう」と語る。
「我々はもうルビコン川を渡ってしまったのだ。特定の技術を禁止して会社から締め出すという考えはもはやナンセンスである」(マルホランド氏)。
IT部門の新スローガンは「イエス・ウィー・キャン」
リサ・デービス氏が3年前に米国連邦保安局(USMS)にCIOとして入職した当時、連邦政府の法執行機関の1つである同局にはユーザーが勝手に導入した技術があふれていた。「職員はIT部門を信頼しなくなっており、自分たちのニーズに合うソリューションを自分たちで見つけていた」とデービス氏は振り返る。同氏は、技術環境を集約して安定させるだけではなく、その変化に対する反発を鎮めなければならなかった。そのために同氏が取った作戦は、ある1つのシンプルな言葉をよりどころにしていた。「イエス」というのがその言葉だ。
職員が独自にITを導入していたのは彼らのわがままではない。「何を頼んでもIT部門は『ノー』という答えしか返さなかったからだ」と、デービス氏は説明した。例えば、連邦保安官が連邦保安局のネットワークを使って州や地元の警察と通信を行いたいと掛け合ったときも、IT部門はこの要望を却下した。そこで各連邦保安官事務所はしかたなく場当たり的にネットワークをセットアップし、その結果、多大なコストが発生してしまった。もっとも今では、状況は一変している。
「我々は、コスト、セキュリティ、連邦法の要件を踏まえたうえで、極力『イエス』と言うようにしている」(デービス氏)。
そのための第一の秘訣は、IT部門がイニシアチブを取ることだ。そこで、ユーザーが今後数年間に導入してほしいと考えているIT機能を把握しようとユーザー調査を行ったところ、モビリティを求める声が大勢を占めていることが分かったという。デービス氏はこれを受け、ただちにiPadの導入に向けたパイロット・プログラムを立ち上げた。
「ユーザーは一様に新しくスマートな技術を使いたがっている。こうした要望に応える方法として、まずそれらの概念実証テストを実施することが挙げられる」(デービス氏)。
同部門は60名のユーザーの協力を得て、米国とメキシコの国境での言語翻訳や逃亡犯逮捕の作戦立案など、iPadの業務利用シナリオをいくつか作成した。
現在はiPadの大量購入の承認を得るために、ビジネス・ケース(投資対効果検討書)の完成を目指している。購入するiPadは、一部のユーザーにノートPCやデスクトップPCの代わりに支給されることになる。IT部門はiPadの導入により、最新の優れた技術を使いたいというユーザーの強い要望に対応するとともに一部のプロセスに非常に適したツールを提供し、設備更新費を削減することができる。
CFOとの連携も重要に
ナショナル・ジオグラフィック・グローバル・メディア(科学、教育の非営利団体ナショナル・ジオグラフィック協会のコンテンツ事業部門)も自らの職員満足度調査を行い、職員が職場のIT環境に不満を持っていることを突き止めた。同部門の事業は、雑誌や書籍、地図の出版から映画やテレビ番組の製作および配給、Webコンテンツ、タブレット向けインタラクティブ出版、ゲームへと広がり、職員が行う業務も急速に変化していた。しかしIT部門は、新しい生産性ツールに対するニーズに対応できていなかったのである。
2009年に実施された同調査では、老朽化した電子メール・システム、モバイル・デバイスの選択肢、旧式のコンピュータが不満の種になっていたことが判明した。こうした不満を和らげるため、首脳陣はIT審議会を設置した。2010年に上級副社長兼CTOのスタブロス・ヒラリス氏は、電子メールをクラウドへ移行し、スマートフォンとタブレットを選択できるようにして、ハードウェアの更新サイクルを短縮した。
「重要なのは、事業部門の役員と連携すること、彼らの課題や苦労を理解してその解決に取り組むこと、さらには今後の変化を予想し、それらに備えて計画を立てるために彼らが手がける事業分野を理解することだ」(ヒラリス氏)。
しかし、組織の規模が大きくなるほど、ユーザーが何を求めているかを常に把握しておくのは難しくなる。フランスのコンサルティング会社キャップジェミニのグローバルCTO(最高技術責任者)、アンディ・マルホランド氏は、そのコツを知っているという。すなわち、CFOに頼んで個々のビジネス部門のIT支出データを見せてもらい、チェックするのである。
「大体において、ITリーダーはこのとき少しばかりショックを受ける。支出額が思っていた以上に多いからだ」(マルホランド氏)。
しかしこのコツを使えば、各ビジネス部門のキー・パーソンのリストが得られる。「彼らに、何を提供すればよいか、どうすれば彼らをよりうまくサポートできるかを尋ねるとよい」とマルホランド氏はアドバイスし、「彼らのやることを邪魔する敵ではなく、彼らを手助けする友になることが重要だ」と説いている。
もちろん「イエス」と言うことは必ずしも簡単ではないし、適切ではないケースもある。そのために米国市民権・移民業務局(USCIS)のCIO、マーク・シュウォーツ氏のチームは、やっかいな立場に置かれているという。
「チームのメンバーは強い責任感を持って安全の維持、規制順守、賢明な支出に取り組んでいる。そうした中で『イエス』と言うのは、リスキーに思えることが多い。そこで我々は中間の道を見いだした」と、同氏は付け加えた。同氏のIT部門は現在、「~の場合には~できます」という言い方をするようになっているそうだ。前向きな結論を提示しながら、その内容を実行するための前提条件(例えば、ユーザー・サポートのためのリソースの追加や新たな技術の専門家の採用など)があることも伝え、理解を求めるというわけだ。
「いずれにしても、『ビジネス課題を解決するには何を変える必要があるか教えてほしい』という姿勢が肝心だ」(シュウォーツ氏)。