ウィキリークスの衝撃-政権交代後の日米関係の結末
(三井物産戦略研究所 寺島実朗)
7月4日、今年の米国独立記念日の花火はマンハッタンで見上げた。この国にとっては235回目の独立記念日である。日本の建国記念日とは趣を異にし、米国民は大英帝国から勝ち取った「自立自尊」を子々孫々に刷り込むかのようにどんな田舎町でもパレードや花火で祝賀の時を演出し続けている。
「米国の苦悩も深い」というのが今回のワシントン、ニューヨークと動いた印象である。外交的にも内政的にもオバマ政権は苦闘を続けている。6月、「2014年までのアフガニスタンからの全面撤退」を発表した演説において、大統領は「米国は国内における国造りに集中すべき時」と語り、世界の警察官のごとく「テロとの戦い」を標榜して突撃した時代の終わりを鮮明にした。驚くのは米国の中南米からの孤立である。「ラテンアメリカ・カリブ海諸国共同体(LAC)」が発足し、中南米とカリブ諸国33カ国が結束を固め欧州のような共同体を目指すという。1898年の米西戦争以来、カリブ海に覇権を確立した米国にとって中南米は「裏庭」であり、ワシントンにあるOAS(米州機構)や米州開発銀行が中南米を束ねる基点であった。その主導力が陰り、こだわり続けた「キューバ封じ込め」も「北中南米でキューバを承認していないのは米国だけ」といわれる皮肉な状態に陥ってしまった。
内政では、連邦債務の法的上限引き上げ期限が8月2日に迫り、議会との合意形成に手間取り、「米国債の信用が崩壊すればドル暴落」という危険までが囁かれていた。当面の決着がどうあれ、もはや「一極支配幻想」や「全能の幻想」を追うことは許されず、「内向するアメリカ」に回帰せざるを得ないところに米国は立っているのである。
日本への眼差し―――「抑圧的寛容」という空気
何度となく会談してきた世界銀行の幹部から興味深い質問を受けた。「尖閣問題とトモダチ作戦で、日本人は米国の有難さが身に染みたのではないか」という変化球であった。昨秋の尖閣を巡る中国との緊張の中で、「結局米国の抑止力が日本の安全を守っているのだ」という日本人の対米評価が高まり、また3・11後の「トモダチ作戦」で1.5万人の兵士を送り込んで救援活動(日本救援関係国防省予算で約8000万ドル)に当たった米軍への感謝の気持ちで日米関係は良好なものになったという理解である。確かに、日米関係の専門家の多くも「良好な日米関係に回帰した」との認識を共有しているかに見え、震災後の日本に対し多くの米国人が優しさと思いやりに満ちた同情と激励の言葉をかけてくる。現状変更を恐れ、戦後六六年続いた「今まで通りの穏便な日米関係」を希望する人達からすれば安堵感に満ちた良好な状況といえよう。
しかし、ペリーの浦賀来航以来160年に迫る日米関係を深く考察する論者であれば、米国の表情の背後に「抑圧的寛容」とでもいうべき本音が横たわっていることに気付くであろう。打ちひしがれて失意の中にある者への米国人の寛容さと思いやりは感動的で、十年を超す米国での生活の中で何度となく実感したものだ。敗戦日本に進駐してきた米国が「子供たちに粉ミルクを」といった思いやりを示したことを多くの日本人は忘れてはいない。ところが力をつけ自分を凌駕するかもしれない存在に対しては、底知れない猜疑心と嫉妬心に燃え、なんとか抑圧しようとする意識が燃え盛るのも米国の性格である。
「ジャパンバッシング」とか「同盟の危機」などといわれる時期もあったが、日本を脅威とする心理は消え、あえていえば「日本は終わった」という本音が滲み出るような穏やかな表情がワシントンの旧友達に垣間見えた。だが、どっこい日本は終わってはいない。なでしこJAPANの驚異的活躍や震災からの復旧・復興に見せる草の根の耐久力だけではない。政権交代後の2年間を省察し、筋道の通った国際関係を創り出す意思を取り戻す転機でもあるのだ。