気候と紛争の関係―エルニーニョが国内紛争を引き起こすのはなぜ?
(三菱総合研究所)
8月25日発行の英科学誌「ネイチャー(Nature)」に、“Civil conflicts are associated with the global climate(国内紛争と地球の気候との結びつき)”1というタイトルの論文が掲載された。この論文では、エルニーニョ・南方振動(英略称はENSO)と世界における国内紛争の発生率に着目し、1950年から2004年までのデータを解析することで、両者の関係性についての定量化を行っている。その結果、熱帯を中心とするエルニーニョの影響を受けやすい地域では、エルニーニョの年に新たな国内紛争が勃発する確率が、ラニーニャの年の2倍となるという。著者らは、「エルニーニョは、本来もっと後に起きるはずだった紛争勃発のタイミングを早めた可能性がある」とまで指摘している。
気候の変化と紛争発生の関係については、これまでも歴史学者、気象学者らによって多くの指摘がなされていた。たとえば、フランス革命(1789年)をもたらした要因の一つとして、これより前数年にわたる天候不順による穀物生産の不振、小麦価格の暴騰が指摘されている。同じく、1830年の七月革命は多雨・厳冬による、1848年の2月革命は干ばつによる小麦収量の低迷・価格高騰が一因となったとも言われている。また日本においても、たとえば江戸時代に発生した一揆は、その多くが天明年間、天保年間、慶応年間に集中しており、これらはいずれも冷夏・長雨のため東日本を中心に農業生産が落ち込んだ時期でもある。大塩平八郎の乱(天保8年・1837年)も、天保の大飢饉により米不足に見舞われた大坂における奉行の無為無策、豪商らの買い占めへの不満が原因である。
だが、こういった気候と紛争の関係についての議論は、データの制約もあり、これまで定性的なものが殆どであった。そのようななか、20世紀後半以降という限定された時間軸ではあるものの、上述した論文の著者らは実際のデータに基づく直接的な検証を行い、関係性についての評価に成功している。これは、科学的観点から非常に意義のあることである。
しかしながら、著者らも認めるところではあるが、もし紛争発生のリスクを事前に予想し、その予防(あるいは緩和)を可能とする知見を求めるのであれば、これだけではまだ不十分である。周知のとおり、紛争の要因となる事象は、政治的緊張、経済不振、自然災害や食料不足・物価高による社会不安の増大、宗教的・民族的・階級的対立など、さまざまな要因の相互作用による場合が多い。気候の変化が直接紛争を引き起こすわけではないので、過去の事例において、気候条件(ここではエルニーニョ)が、どのようなプロセスを経て紛争を引き起こす(少なくとも遠因となる)に至ったのか、明らかにする必要があろう。さもなくば、仮に「2年後にエルニーニョに見舞われる」と事前にわかっていても、政策決定者らは対策の取りようがない。
もちろん、これまでも個々の紛争事例における要因解明は行われており、気候条件が絡むものに限定しても、既に非常に多くの業績がある。これらを、エルニーニョであればエルニーニョという文脈の下で、新たに整理し直して定式化・理論化することが求められている。このような努力が人文社会科学者・自然科学者らによってなされることは、将来的な気候変動による紛争発生リスクの低減にも役立つとともに、歴史学や政治学などの学問分野における新たな知見・理論の創出をもたらすという意味でも、有意義であろう。