赤い電車

 

孫の顔を見ないまま旅立った父に会い行った。

 

父が亡くなったのは、私が婚活を始めてすぐの頃であった。

 

父はいつもお人好しで優柔不断な私のことを心配してくれていた。

 

「おまえ何考えとんじゃ?」

いつも気にかけてくれていた。

 

そんな父の命日が近づいて来たので、お墓に行って父と話したいと思った。

 

ただ、子①~④と一緒だと静かに父と語り合えないので、私一人お忍びで会いに行った。

 

父が建てたお墓は区画面積も墓石も共にとても小さい。

 

当該霊園で最少サイズの区画及び墓石を購入したからである。

 

それというのも、私が家族形成に躓いて糸の切れた凧のようにしていたため、父は、いずれ子孫は途絶え、お墓を建ててもお守りしてくれる人がこの世に居なくなって無縁墓になってしまうであろうと考えたからである(後に母から聞いた)。

 

そのささやかなお墓を前にして、父に、子④(妻)やその母親のことなどをいろいろ話した。

 

「まあ選んでばかりおっても歳取るばっかりだったんじゃし、仕方ないじゃろのう。」父は言った。

 

愚痴や泣き言が大嫌いな父であったが、旅立ってから少し丸くなったようだ。

 

そして、「まあええ、子どもがおるんじゃから、そんなええことはない。おまえもそれを望んどったんじゃろう。健康に気を付けて頑張るんじゃ。」そう付け加えてくれた。

 

ありがとう、父さん。

  

ところで父さん。

僕は子どもたちに、食べ物を粗末にしないことや何事にも感謝することなどを口が酸っぱくなるくらい話しています。

かつて父さんが僕にそう叩き込んでくれたように。

 

父さん。

子どもがもう少し大きくなったら、父さんの人生のことを詳しく話してやろうと思っています。