ある晴れた日。人々はいつもどおり目を覚まし、いつもどおり仕事に向かい、いつもどおり笑っていた。

 そんな日に、大都市が一つ消える事件が起きるなんて誰も思っていなかっただろう。

 生き残りはいない。いったいどうやってその街が消えたのか、はっきりしたことは誰もわからなかった。

 ただ、遠くの地から見たものはこう言った。

「突然下から現れた黒く大きな化け物が、街を丸ごと飲み込んだんだ!」

 はじめ、その黒くて大きな化け物は、地下を移動する生き物なのだろうと思われた。

 しかし、第二、第三と事件が続く中で、それは何者かによって召喚された化け物であると発覚した。

 消える数日前に街からやってきたという商人たちが口をそろえて不気味なフードをかぶった男を見たというのだ。

 国中がその男を捕まえるべく捜索を開始したが、男を捕まえることはできない。消える街が増える一方だった。

 そんな打開策がない状況が続くなか、ある旅の一行が化け物を召喚するための魔方陣を発見した。魔方陣を無効化すれば化け物が召喚されることはない。

 魔方陣を無効化する方法が知れ渡り、街が消えることはなくなった。魔方陣を発見することで男の動向も探ることが出来た。

 そして終に、魔方陣を見つけた旅の一行が男を追い詰める。

 

「まさかこんなに早く邪魔が入るとは思ってもみなかったよ」

「残念だが、悪は滅びるって昔から決まってんだよ」

 男のもとにたどり着くまでに多くの魔物が一行の行く手を阻んだ。時間が惜しいと仲間たちは魔物の足止めをするために一人、また一人と抜けていき、男の前にたどり着いたのはリーダーのダル一人にだった。

「仲間を見捨てていく気分はどうだった?実は足手まといが減っていってホッとした?」

「足手まとい?そんな奴は俺の仲間にいねえよ」

 男の言葉を鼻で笑い、ダルは剣を構える。剣先は男の喉元に向かっている。

「そう?はっきり言って、君にとって仲間たちは邪魔な存在にしか見えなかったけど?」

「・・・・・・なんだと」

 仲間を貶されてダルの殺気がぐっと上がる。男はその様子をみて、ほら、と笑った。

「君は闘争本能がとても強い。戦いが大好きだろ?でも仲間はそうじゃない。そうじゃないから君の邪魔をする」

 ダルはとっさに怒鳴りそうになるのをぐっと堪える。その様子すら面白いのか、男はさらに愉快そうに言葉を続けた。

「どうしたの?言いたいことがあるなら言えばいい。気持ちのままに行動しろ!それが本能!人間のあるべき姿さ!ハハハハハハハ!!」

 男の笑い声が響く。ダルは黙ったまま男の動向を見ていた。彼が何を言いたいのか。それを探るためだ。

「人間の正体は欲望さ。欲こそ生きる糧であり、意味!欲のままに動くことが本来の人間のあり方なんだ!」

「んなわけねえだろ。誰もが好き勝手したらあっという間に滅びるぞ」

「だから淘汰されるんだ。愚鈍な弱者はいなくなり、優秀な強者だけが生き残る。そこに進化がある!なのに!!」

 男はまるで敵を見るような眼でダルを睨みつけた。いや。男が憎んでいるのは世界だ。ダルが守ろうとしている、彼の背後にある世界を男は睨んでいた。

「世間は弱いものを守るのが正しいとして僕らを騙し、人類の進化を進める者たちを悪だとして妨害する!!!愚かだ!!せっかく真理に辿り着いた僕のような天才の邪魔をするなんて愚か以外の何者でもない!!!」

 男の言う『真理』をダルは何となく理解した。それは長年、ダルが戦い続けているものだったからだ。

「進化のために強さを求めて何が悪い!?腕を磨き、知恵を蓄え、最強を求める……弱ければ死ぬ。ただそれだけの単純な世界だよ。そこには血統なんて意味はない。君もそう思っているはずだよ」

 男はダルに言った。そしてその考察は間違ってはいない。

「君の戦い方を見たらわかるさ。強さを求める者の戦い方だ。すでに急所を狙い、どれだけ正確に早く敵を殺せるかに洗練された剣だったよ。君も戦いを愛し、本能に身を委ねることを欲している」

 昔、初めて剣を持った時に感じた高揚感をダルはいまだに忘れられない。初めて殺したのは野良犬だった。街では子供が噛まれるなどして駆除の話が出ていた犬だ。皆が迷惑をしている。だから殺してもいいだろう、殺してみたい、そう思ってダルはその犬を探して殺した。ドロッと体を覆うような快感がダルを包んだ。

 思い出すだけで体が震えるほどの満足感をあのとき確かに感じた。

「ああ。お前の言いたいことは解るぜ。殺したいって、殺せるってわかるとすげぇワクワクしてくる」

 だけど、彼女の顔を見て、ダルは自分が超えてはいけない一線を越えそうになっていることを知った。

「だからな。それが間違ってるってのも知ってんだよ」

 同調するダルにニヤついていた男の顔が一気に強張る。何を言われているのか理解できないのだろう。そんな男をダルは笑った。

「そのまま突き進んだら、人間じゃねえんだ。人間には『心』がある。その『心』を使えないんじゃ、もうそいつは人間じゃねえ。そこらの動物と変わらねえんだよ」

 血に濡れた剣を持つダルを、彼女は泣きながら抱きしめてくれた。その温もりが、ダルを薄暗いところから引っ張り上げてくれた。

「お前は『心』を使いきれねえから言い訳しているだけだ。できないから、それを正当化するために言い訳してんだろ。単にガキなだけじゃねえか」

「なんだと……!!」

 『ガキ』と言われたのが気に食わなかったのか、男はダルに向かって巨大な炎の球を放ってきた。ダルはその球を一刀両断にし、その斬撃は男まで伸びる。

 しかし男の作ったシールドにぶつかり斬撃は消えてしまった。

「誰が『ガキ』だ!訂正しろ!!」

「そうやって怒りも抑えられないところが『ガキ』なんだよ。『心』が使えてねえお前は、一生俺に勝てねえ」

 自信満々に言い切るダルに、男はさらに怒りに震えた。

 図星を差された怒りと、未知への恐怖だ。だが『心』を無視してきた男には、それが理解できない。ただ『腹が立つ』としか、男には自分の感情がわからなかった。

「真理の尊さを理解できない奴が、天才の僕より勝わけがない!」

「うるせえよ。孤独の大将気取りが。お前には絶対に手に入れることができない『強さ』ってのを俺は持ってるんだよ」

「何を言って……」

 ダルと男の会話が終わったのとほぼ同時だった。二人だけだった部屋に沢山の足音が近づいてくる。

「ダル!!!!」

 高く響く女性の声がダルを呼ぶ。ダルは勝利を確信して男にニヤリと笑って見せた。

「これがお前じゃ一生掴めない強さの極みさ!!」

 ダルは背中まで振りかぶった剣を一気に振り下ろした。白い斬撃が男に向かって行く。

「さっき防がれたのをもう忘れたの!?」

 男が手を掲げてシールドを作る。ダルの放った斬撃が正面からぶつかった。

 だが、弾けて消えることはなく、男のシールドを突き破り腕を切り落とした。

「うわあああああ!!!!」

 痛みに男はのたうち回る。そんな男にダルは剣を握ったまま近づいた。

「わかったか?お前は俺に勝てない」

「ま、ま、待ってよ!!」

 切られた腕を庇いながら後ずさる男をダルは冷たい目で見降ろした。

 男が殺した数は三桁以上だ。街の数は数十にも及ぶ。その男の命乞いを受ける理由はダルにはない。

「たっぷり反省しろ」

男の言う『本能のまま』に行動するのが正解であれば、ダルは今すぐにでも剣を振り下ろしただろう。

 だが野良犬を殺した日に、肩を濡らした涙の理由を思うと、そんなことはできなかった。

「牢屋でな」

「うぐっ!?」

 ダルは男の鳩尾に蹴りを入れて気絶させた。

 それとほとんど同時に沢山の兵隊と足止めに残ってくれていた仲間たちが部屋になだれ込んできた。

「ダル!!」

 真っ先にダルに駆け寄ったのは弓を背負った少女だ。

 彼女はすぐにダルの体中を触ってケガがないか探った。

「大丈夫そうね……」

「ああ」

「こっちも?大丈夫?」

 そういって彼女はダルの胸に掌を当てた。彼女の手から感じる温もりがダルの心に沁みこんでいく。

「ああ……呼んでくれたからな」

「いつでも呼ぶわ。例え、あなたがあいつと同じ側に行ったとしても。必ず連れ戻してあげる」

「頼もしいな」

「任せなさい!」

 すべてを見透かし声をかけてくれる彼女こそ、ダルを引っ張り上げてくれた幼馴染だ。

「じゃあお言葉に甘えて、少しだけ休ませてくれ」

「はいはい」

 そういって二人は現場見分などで騒がしい部屋の中で居眠りをすることにした。呆れた仲間に起こされるまで、心を癒すひと時を……

 

END

 
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