目が覚めたら、知らないおじさんの顔があった。

「うわっ!!」

「おはよう。勇者君」

「……」

「……」

「えっと……」

「………………何か飲むかな?」

 動揺で言葉が出てこないでいると、おじさんは気を使ってそう声をかけてくれた。聞かれたら喉が渇いてきたから、申し訳ないと思いながら頷く。するとおじさんは椅子から立ち上がって後ろのテーブルに置いてある水差しを手に取った。一緒に置いてあるコップに水を注いでくれ……

「お、おじさん!手!手!震えすぎ!!水こぼれてるよ!!?」

「だ、だだだ、だいじょう、ぶ、だよ!」

 おじさんはそう言ってぎこちない笑顔を向けてくれているけど水差しを持った手も一緒に動いているから床まで水浸しになっていく。

「大丈夫じゃないから!コントみたいになってるよ!?もう水はいいから座って!!」

「あ、ああ、でも少しは入っているから、どうですか?」

 水差しをビショビショの机の上に置くとおじさんは半分ほど水の入ったコップを差し出してくれた。この場合のお決まりパターンは解ってる。解ってるからちょっと止まってほしい。

「あ、ありがとう!机の上に置いといてもらえるかな?自分で取りに行くよ!ちょっと!来ないで!こぼれてるから!!」

「あ、あ、緊張で……震えが止まらなくて……」

 来ないでと言っているのにおじさんは何かに憑りつかれたみたいに震える手で近づいてくる。

「だれか!だれか来て!!シーーン!!」

 咄嗟にジンの名前を叫ぶと数人の走る足音が近づいてきた。

「勇者様!?うわっ!」

「坊主!うげぇ!?」

「お父さん!!わお!」

 シン、アレンおじさん、エマの三人は三様の反応をして入り口で止まった。

 全員水浸しの床に驚いている。そして僕とおじさんを見て状況を把握した三人は大きなため息をついた。

「お父さん。何やってるの?」

 お父さん……と、エマが呼びそうな人物はこの部屋に一人しかいない。この震えてるおじさんだ。

「いや……勇者様がお水を飲みたいと言ったから……」

「どうしてこんなに床が濡れてるの?」

「水がこぼれてしまってね……」

「どうして水がこぼれたの?」

「緊張してしまって……」

「…………はぁ~~~」

 相当あきれたのか、エマはお父さんの回答に頭を抱えてしまった。僕にはフォローのしようもなくて落ち込んでしまったお父さんを慰めることもできない。

 なんか微妙な空気が部屋の中に出来上がってしまった。

「えっと……」

 こういう時に頼れるのはおじさんなんだけど、腹を抱えて笑っているので役に立ちそうにない。

 シンはもう立ち去ろうとしているし、エマは怒っているのか何も言わない。

「えっとね……とりあえず、ここはどこなのかな?」

「何も説明してなかったの!!」

「だ、だって、水が飲みたいって、言ったから……」

 何か飲む?って先に聞いてきたのはお父さんの方だけど、それを言ったら油を注ぐことになるから黙っておこう。エマは結構父親に厳しいみたいだし。

「ふ、二人とも落ち着いてよ。先に何があったのか説明してくれる?」

 エマがお父さんをこれ以上責める前に、状況説明をお願いした。

 それに答えてくれたのは帰ろうとしていたシンだ。

「勇者様はボスに銃を撃ったのは覚えていますか?」

「……うん。すっごい光の弾が出て体が宙に浮いた感覚までは覚えてる」

 引き金を引いたとき、真っ白の光の筋が銃口から飛び出した。それとほぼ同時に手の中の銃も爆発して、色々な爆風で僕の体は地面から浮いたんだ。そこで記憶は途切れている。

「そのあと、勇者様は反動で後方に飛ばされました。それを間一髪のところでおっさんが受け止めたんです」

「え!?」

 おじさんを見るとまだお腹を抱えている。でもそれは笑っているんじゃなくて痛みに耐えているようだった。

「大丈夫!?」

「おう。ちょっと骨にヒビが入ったが、すぐに治る魔法薬を貰ったから安心しな」

 そういってくれているけど、僕の叫び声で駆けつけてくれたから傷んでいるんだと思うと、水をかけられそうになったくらいで騒いで申し訳なくなる。

「ごめん……」

「気にすんなって。部屋の惨状に笑ったら響いただけだ」

 結局笑ってたんだ。心配して損した。

「真顔はやめろ」

「べつに」

「そ・し・て、勇者様は魔力の使い過ぎと爆風によるショックで気を失っていたのでエマの基地に連れ帰りました。それから二日が過ぎたのが現在です」

 僕らのコントを切ってシンが説明を続けてくれた。

「二日!?」

 最後に言われたことが信じられずに、思わず叫んでしまう。だって家(元の世界)にいた時でさえ、ずっとゴロゴロしていたけど二日も寝続けたことなんてなかった。

「それだけあの銃での魔力の消費が激しかったということでしょう」

「改良点のための良いデータが取れたわ~!」

 親指を立てて笑うエマに、彼女は生粋の科学者なんだなと少し羨ましくも、憎たらしくも思ってしまう。

「エマ」

 少し和やかな空気になってきたところに、お父さんの声が響いた。少し責めるような悲しい声に、僕らは自然に口を閉じた。

「どうして武器を作ったんだい?」

「……必要だと思ったからよ。この街を守るために」

 お父さんに負けない凛とした声でエマが答える。割り込んではいけない、家族だけの何か問題があるような口ぶりだった。

「お父さんと同じ過ちを繰り返すつもりか?」

「守るためよ。殺すためじゃない」

 エマの答えにお父さんは黙ってしまう。エマは何を言われても譲らないというように胸を張って見返しているが、その態度が余計にお父さんの顔を曇らせているような気がする。気のせいかな?

「最初は……私もそう思っていたよ。でも、機械は所詮『モノ』なんだ。大事なのは作る側じゃなくて扱う側なんだよ。意味はわかるね?」

「解ってるわ。だから今回だけよ。今回の戦いにだけ、武器を作る。私が認めた人にだけ使わせる。護るために使う武器を!」

 エマの力強い言葉にもお父さんは首を縦に振ることはなかった。ただ諦めたように大きなため息を吐いて僕の方を見る。

「勇者様、申し訳ございません。聞き分けのない娘で……もし娘の作ったモノが世界に害をなすと判断されましたら、どうか壊してくださいませんでしょうか」

「え!?えっと~もちろん、暴走したりしたら壊すこともあるかもだけど……エマは大丈夫だとおもいます!根拠は、ない、けど」

 そう言うとお父さんはやっと安心したような表情を見せてくれて、そのことに僕の方がホッとした。

「ありがとうございます。不束な娘ですが、発明の才は私を凌駕するほどです。勇者様の力になるとおもいますので、どうかよろしくお願いします」

「はい!…………あれ?」

 頭を下げるお父さんに反射的に返事をしたけど、おかしな流れに首をひねる。サッと事情を知っていそうなシンの方に目をやると、何か疑問があるのかって眼で見返された。

 いや。あるでしょ。おかしいでしょ。僕知らないよ。

 

 いつのまにエマが仲間になることになってるの????

 

 

END