昨夜の雨がウソのような晴天に恵まれ、わたしは楽しい遠足を楽しむことができた。
「あ。わたし、寄るところがあるから!じゃあね!」
「うん。ミキちゃん、また明日ね!」
「ミキちゃん、またね~」
「うん!バイバイ!」
友達の二人に手を振って、わたしは階段を駆け登った。
「ミキちゃん、どこ行くんだろ?」
「神社だよ。ミキちゃん、良いことがあったらいつもこの階段を上った先の稲荷様にお礼をしに行くんだって」
「稲荷様?そんなのいるの?」
「知らない。でもミキちゃんは信じてるみたいだよ」
「ふ~ん……変なの」
階段を上って左の細い道に入ると、少し立派な神社がある。そこにはお稲荷様が祀ってあって、とてもきれいな神様がいるの。
「神様!」
今日は気分がいいみたいで、神様は屋根の上でひなたぼっこをしていた。
「やあミキちゃん。こんばんは」
お日様の光を浴びてキラキラって神様の髪が輝いている。まるでおとぎ話に出てくる宝石みたいに綺麗な黄金色の髪を揺らして、神様はわたしの前に降りてきてくれた。
「今日は晴れにしてくれてありがとう!遠足、とっても楽しかった!」
「それは良かった。滑ってこけたりはしなかったかい?」
「わたしは平気!でもジュンくんがおもいっきり滑って尻餅ついてた!」
「そうか。ケガをしていないようで良かったよ」
「ジュン君はお祈りしてないんだからいいのよ!」
わたし以外は神様に祈ったりしていない。今日だって神様にお願いしたからって言っても誰も信じてくれなかった。みんな、神様を信じてない。
なのに、どうして神様はそんなクラスメイトのことまで心配するの?
「それはね、私が人間を好きだからだよ」
「……わたしも?」
「ああ。ミキちゃんも。私や皆を大切にするミキちゃんが大好きだよ」
神様に『好き』って言ってもらえるとすっごくうれしい。胸の中があったかくなる。だから神様が言う通り、周りの人たちも大切にしてあげなくちゃ。
「うん!大切にする!」
「ありがとう」
それから空が赤くなるまで、わたしは神様とお話をした。
「ミキちゃん、そろそろお帰り。お母さんが心配するよ」
「……うん。じゃあ、またね!神様!」
「ああ。またね」
何度も何度も振り返って手を振りながら少しずつ階段を下りていく。とうとう神様が見えなくなるところまで下りたら、あとは振り返らずにまっすぐ家に帰った。
胸の奥がギュッと苦しくて、いつも悲しい気持ちになる。友達と別れて寂しいんだ。でも、他の友達だとここまで寂しくなんてならない。どうして神様だけなんだろう?神様だからかな?
小学生の頃から私には秘密にしていることがある。それは、神様が見えているっていうこと。高校生になった今でも、私はその神様と友達でいる。言ったところで誰も信じてくれないだろうっていうのもあるけど、それ以上に、誰にも知られたくないって思ってるから。
それは……すっごくすっごくすーーーーっごく、カッコいいから!!
「どうかしたかい?」
「へえ!?」
「ぼーっとしていたよ。気分でも悪いんじゃないか?」
王子様みたいな金色の長い髪が首の動きに合わせてフワリと揺れている。首を傾けて顔を覗き込んでくる仕草が似あうって、本当に王子様じゃない!って優雅な姿にさらに見惚れてしまい、神様への返事がワンテンポ遅れてしまった。
「……はっ!ううん!違うの!ちょっと考え事をしてただけ」
「考え事?」
「う、うん!えっと、えっと……最近、神様の姿を見せてくれる回数が減ったな~って」
小学生の頃からほぼ毎日、この神社を訪ねている。最初は、雨とか天気が崩れている日は調子が悪くて姿を見せれないらしく会えなかったけど、今は週に一日会えたらいい方ってくらい回数が減った。
「ああ。力が弱くなっているからね」
「……どうすれば強くなれるの?」
「祈ってくれる人が増えればだけど……もう、無理だろうね」
神様が悲しい顔をするから私まで悲しくなる。
「昔は、たくさんの人が祈りに来てくれてたんだ。ミキちゃんみたいに毎日通ってくれる人もたくさんいたよ」
神様はそう言って昔話をしてくれた。いままで聞いてこなかった神様の過去に、私は胸とか頭とか眼とか……とにかく体中が熱くなってしまった。
「この社はね、小さな村の豊作祈願で作られたんだ。たくさんの人間が祈ってくれたおかげで、『私』は生まれた。空気のような存在でしかなかった私に形を与えてくれたんだよ。それが嬉しくて……熱心に祈ってくれる人に私は憑いてみることにしたんだ。人間を知りたかったという好奇心もあるし、生まれたからには役に立ちたいという思いもあったからね。その人の願いをたくさん叶えたよ。商売がうまくいくようにしたり、異性との交際をとりもったり、苦労しない生活をできるようにしたりね。彼はとても喜んでくれた。祈りもより熱心にしてくれるようになった。でもね……だんだん祈ってくれなくなってしまったんだ。想いで生まれた私は、想いを向けてくれない人間には憑いていられないらしくてね……力が無くなって社に戻ることになってしまった。それから暫くして彼はまた祈りに来てくれたんだけど、離れた時とだいぶ姿が変わってしまっていたよ。まるで幽霊のようだった。もっと傍にいてあげられたら彼にあんな顔をさせなかったのにと悔やんだよ。それからも何人かの人間に憑いてみたんだ。願いを叶えるとみんな喜んでくれたんだけど……やっぱりだんだん祈ってくれなくなってしまってね。どの人間の最後も看取ることができなかったよ」
寂しそうに、悲しそうに、神様はそう言った。
ごめんなさい、神様。人間ってそういう生き物なの。必要な時にだけ神様に祈って、願いが叶ったらそれでおしまい。感謝はしてるけど、それだけ。結局は運がよかったって思って自分の手柄にしちゃうの。
同級生とかはみんなそうだった。高校受験のときはお守りとか、参拝とかしてたけど、終わったらそれでおしまい。合格したのは、自分がちゃんと勉強したからってことにしてる。神様のお陰なんて本気で思っている子はいなかった。
神様が憑いたっていう人たちも、きっとそうだったんだよ。
「その人たちは神様が手助けしてくれていたことに気付いてなかったのよ。自分の実力だって思ってたんじゃないかな。『運も実力の内』なんて言葉があるくらいだもん。神様が持ってきてくれた『運』も自分の実力だって勘違いしたのよ。だから祈らなくなった。そんな人たちのために神様が悲しむ必要なんてないよ!」
腹が立った。神様を悲しませてた人たちに、そして何もできない自分にも。
神様に感謝をしない友達を見ても、何も言えなかった。だって現代で神様にちゃんと祈れなんて言っても気味悪がられるだけだもの。宗教って聞いたら悪徳業者だと思うし、信者だって言ったら嫌厭されるか変人扱いされる。だから神様が見えても何も言えない……。
「……ありがとう。私のために怒ってくれてるんだね。でもそんなに気にしないでくれないか。私はそういうところも含めて、人間が好きなんだ」
そういって神様は私の頭を優しく撫でてくれた。
顔を上げて、神様の顔を見てみると、嬉しそうに笑っている。
「どうして……こんな自分勝手な私たちを『好き』なんて言えるの?」
「それはね、君たちのおかげで私は生まれることができたからだよ。形を与えてくれて、役割を与えてくれて、意思を与えてくれた。それだけで十分、私は幸せだった」
優しすぎる神様の言葉に、あふれる思いを止めることができなかった。目からこぼれていく雫を、神様の指が優しく掬い取ってくれる。
柔らかい手の感触にさらに涙が溢れてくる。
「『だった』って……?どうして、かみさま、透けてるの?」
だんだん無くなっていく感触に、慌てて透明になってきている腕を掴む。
「ごめんね、ミキちゃん。とうとう寿命が来てしまったみたいなんだ。最後に、君のような人間と話せて良かったよ」
「待って!行かないで!もっと神様とお話ししたいの!私に憑いてよ。そしたらずっと祈ってるから!絶対に放したりしないから!」
「ありがとう。でも、もうそういう力も残っていないんだ。ごめんね」
「違う……違うよ……謝るのは、人間の方よ……」
勝手に祈り始めて、命を与えて、勝手に捨てるなんて……最低よ。こんな最低なのに、神様は笑っている。笑顔で、許してくれている。
「それでも私は人間が好きだよ。今まで出会って、憑いてきた人間が好きだ。そういう機会を与えてくれた人間全員が好きなんだよ。でも最後に、どうかわがままを聞いてほしい」
「……うっ、ヒック……な、に?」
「私は死ぬわけじゃない。元の、空気に戻るだけだよ。だから、笑って見送ってくれないか?ミキちゃんの笑顔が大好きなんだ」
卑怯だわ。ずっと『好き』としか言ってこなかったのに、『大好き』なんて言われたら……笑うしかないじゃない。
「ふっ……ありがとう。ずっと、傍にいるよ。美紀」
「…………ありがとう。神様。でも、こんなことなら、叶わない方が良かったよ……初恋なんて……」
最後に触れてくれた頬を撫でながら、しばらく一人で泣いた。
ありがとう……ごめんなさい……大好きです、神様
END