僕らは生き残っていた下っ端を捕まえてラスボスの元まで案内させていた。

「ほら!もっと速く走りなさい!!」

「イテッ!む、無茶言うなよ!オイラとあんたら人間とじゃ足の長さが違うんだ!」

 イノシシ顔の魔物は確かに僕らより足がだいぶ短い。だけどそれ以上にその大きなお腹が邪魔をしている気がするけど。

「運動不足が原因でしょう!ほら!次はどっちよ!」

「イテッ!いちいち殴るなよ!あ、すみません、殴らないでください。右でございますです!」

 フローラさんが剣を振り上げたのでイノシシは慌てて右を指さした。

 曲がった先には、入り口より二回りほど大きな扉があった。きっとボスの部屋だ。

「あの扉はどうやって開くの?」

「右下にオイラたち専用の小さな扉があるんで、そこからどうぞ中へ!」

 イノシシの言う通り普通サイズの扉が右のほうに取り付けられてあった。クレアさんが扉の取っ手をつかむと僕の顔を振り返る。

「行くわよ」 

「……うん!」

 怖気づいてなんていない。僕の目はきっとキリリとしていて頼もしかったはずだ。

 クレアさんはフローラさんと顔を見合わせると、一気に扉を開いた。

 

 

 ボスを包んだ炎がだんだんと小さくなっていく。

「ウソ……」

 エマは自分の発明品に自信を持っていた。人は、魔法使いじゃなくても属性と微弱の魔力を持っており、魔光銃はそんな微弱の魔力を蓄積し何倍にも増幅させて攻撃する兵器だ。

 エマの想定では街の外にいるムカデの魔物も一発で仕留めることができるはずだった。でもあのムカデは所詮ボスのペットに過ぎなかったのだ。爆炎が消えた先には、変わらず光る二つの眼がこちらを見ていた。

「なるほど……流石、トーマスの娘といったところか。だがこの程度の力で我を倒せると思っていたとはな。愚かな娘だ!」

 ギラリと、獰猛な光を放つ眼に睨まれ、エマは一歩後ずさった。そんな彼女の腕をアレンは強い力で握った。

「っ!」

「逃げんな。前を見ろ」

「で、でも……」

「よく見ろ。奴の爪だ。……割れているろ。血も出てる。お前の発明は効いているんだ」

 アレンに言われてエマはもう一度ボスを見た。今度は眼ではなく、全体を……アレンの言う通りボスの体はダメージを受けていることがわかる。それがわかると、敵の眼に威嚇以外にも怒りや憎悪の念があるのだと気が付いた。

「あと数発、打ち込めば必ず倒せる」

「うん。でも……」

 魔光銃は魔力を溜める時間が必要だ。エマは魔法を使えるほどの魔力を持っていない。蓄積のために数分は必要になる。

 それをアレンに説明すると、アレンはシンと顔を見合わせた。

「わかった……俺たちで時間を稼ぐ。エマは魔力を溜めることに集中してくれ」

「わかった!」

 シンとアレンがエマを守るように前に出る。

 まだ戦う意思があるんだと示す三人をボスは愉快そうに嘲笑った。

「ハハハハハ!まさかまだ戦う気でいるとはな。だがお前たちの考えなど手に取るようにわかる……我を甘く見るな。同じ手は二度も通じん!!!」

 ボスはそういうとアレンとシンを無視してエマに向かって手を伸ばした。

「させるかよ!」

 シンがエマを抱えて飛びのき、アレンはボスの眼に向かって矢を放った。矢は見事、ボスの右目に突き刺さる。

「ぐああああああ!!」

「うっ!?」

 ボスが痛みに腕を振り、近くに居たアレンを吹き飛ばした。

「おじさん!」

「おっさん!」

 二人にアレンを心配している暇はない。ボスの腕が次はシンたちに向かって振り下ろされてきていた。

 シンは間一髪、左に飛んで避けることができたが、叩き付けられたボスの腕が床を破壊しその破片が二人を襲う。

「あっ!」

 破片が魔光銃に当たり、エマの手から弾き飛ばした。

 銃は部屋の端まで飛んでいく。二人が駆け寄ろうとしたが、それを再びボスの腕が襲った。

「ぐっ!?」

「きゃっ!」

 シンが剣で受けて少しは勢いを殺せたものの、二人は銃とは真反対の壁際まで飛ばされてしまった。

「やめて!」

 片目を潰されたボスの腕が銃に向かって振り下ろされようとしていた。

 

 

「「「エマちゃん!!!」」」

「エマさん!!!」

 扉を開けると、部屋の中は瓦礫と土煙でよくわからない状況になっていた。そこにエマさんの叫び声が聞こえてきて、僕らはとっさに彼女の名前を叫んだ。

 返事は聞こえない。

 代わりに、煙の中で巨大な何かが動いていることに気が付いた。こいつが、ボス?

「虫けらが次から次と……」

 片目のそいつは僕らを巨大な目に映した瞬間、大きな手を振り下ろしてきた。

「わああああ!!?」

 僕らはとっさに左右に分かれて逃げる。

 てか大きすぎない!?僕ら四人がいたところを丸々潰してるんだけど!?

「勇者くん!!」

「え!?」

 エマさんの声が聞こえてきて、僕は土煙の中で目を凝らして探す。すると、こっちに走ってこようとする二人の姿があった。エマさんと、シンだ!

「シン!」

「勇者様!銃を拾ってください!」

名前を呼んで手を振ると、シンは僕の方を指さして叫んでいた。銃?僕はとりあえず自分の周りを見渡し、それらしいものを拾う。銃というより水鉄砲みたいな感じのものを掲げてシンに問い返す。

「これー?」

「それで、危ない!!」

 シンの叫びで咄嗟に上を見上げる。すると、巨大な影が僕の真上に迫っていた。

(え?ナニコレ?)

 迫っているのがボスの手だとわかると、絶望と同時に周りの時間がゆっくりと流れだす。腕が無意識に銃を構え、上を狙う。玩具みたいなこの銃であんな巨大な手がなんとかなるわけがないと解っている。それでも生きたいって思う気持ちが引き金を引いた。

 

 ――ドゥン!!!

 

 誰もが、その時、何が起きたのか一瞬解らなかったらしい。僕自身、何が起きたのか理解できなかった。ボスの絶叫が聞こえてくるまで、僕は自分が生きていることと、目の前に見える青空を認識することができなくて、ただ何も考えず見つめていた。

「ア“ア”ア“ア“ア”ア“ア“ア”ア“ァァァァァァ!!!!!!」

 その大音量でみんなが我に返った。僕も、自分が生きていることと、天井を突き破るほどの威力がこの銃にあったのだとやっと理解できた。

「す、すごい……」

「ゆゆゆゆ勇者さん!!!」

 声がする方を見ると、エマさんがそれはすごいスピードで走ってきていた。

 その後ろでシンが驚いた眼をしていたけど、すぐにいつもの冷静な光を宿すとボスの方に向き直っていた。

「勇者さん!」

「わっ!」

「もう一回です!!」

 いつの間にか隣に座っているエマさんが人差指を立ててお願いしてきた。なんのことか一瞬解らなかったけど、たぶんこの銃のことだろう。

「え?僕がやるの?」

「はい!この銃は使う人の魔力を溜めて……」

眼を爛々と輝かせたエマさんが銃の構造を説明してくれた。つまり、もともとの魔力が高い人ほどすごい威力を発揮する銃らしい。本職魔法使いだと判明した僕はこの銃と相性がかなりいいみたいだ。

「グリップのところにあるこの五つのランプが全部点いてから撃つんだよ!」

「わ、わかった!」

「じゃあそれまでは、勇者様を私たちが護らなくちゃね!」

 フローラさんたちが武器を構えて僕らの前に壁を作ってくれる。その前には堂々と立つシンの背中があった。

 頼もしいその後ろ姿に、僕は銃を握る手に力を籠める。ランプはすでに二つ点いている。あと三つ。

「私もやるよ!」

 そう言うとエマさんは立ち上がってカバンから三十センチくらいの鉄パイプを取り出す。彼女が中央についているボタンを押すと、それは槍へと姿を変えた。

「おばさんたちに鍛えられた私の槍技を披露してあげるわ!」

 エマの準備が終わったところで、ボスも僕らの方に向き直っていた。腕一本吹き飛ばされて相当ダメージがあったみたいだ。今気が付いたけど、右目も傷を負っている。勝てる気がしてきた。

「調子に乗るな……虫けらが!!!!!!」

 巨大な右腕が横から薙ぎ払うように迫ってくる。

 その腕を僕はフローラさんに抱えられながら避けた。情けない。

「ひぇっ!?」

「銃だけは落とすんじゃないよ!」

 僕は首を縦に何度も振って、全力で銃を握る。ランプはあと二つだ。

「はあああ!!」

 シンの剣とエマの槍がボスの足に負傷を負わせる。小さな傷も今のボスには鬱陶しいのか、こっちに伸びていた腕が彼らを払いのける動きに代わった。

「させない!」

 左腕が無くなり剥き出しになっている肉に向かって、ティアさんが槍を投げた。見事、槍はボスの傷口に突き刺さる。

「ガアアアアアアアアア!!!オノレエエエエエ!!」

 右腕が左腕を庇うように傷口に行ったので、シンたちへの攻撃はなんとか抑えられた。でも、怒ったボスの口元に黒い炎が見える。

「炎だ!!」

「後ろに隠れてて!!」

 僕が叫ぶと盾を持ったクレアさんが僕らとボスの間に入ってくれた。

 ランプはあと一つ。

「灰になれエエエエエエエ!」

 咆哮と共に黒い炎がクレアさんを襲う。

 なんとか耐えているようだけど、少しずつ盾が溶けていた。炎に飲まれるのも時間の問題だ。僕はじっと銃を見つめるけど、最後のランプがなかなか点かない。

「フローラさん。……勇者様を連れて逃げてくれるかい?」

「クレアさん!もう少しだから!」

 僕がそう言うけど、額から汗を流してるクレアさんは母親のような笑みを浮かべて首を横に振った。

 フローラさんの腕に力が籠る。信じられなかった。ゲームをしているのとは違う……目の前の人が自分のために命を落とそうとしている。そんなの、嫌だ!

「ダメだよ!フローラさん!」

「勇者様。クレアの覚悟を無駄にするわけにはいかないよ」

 あと一つ!ランプはあと一つなんだ!!

「ガアアアアアアアアア!!!」

 フローラさんが一歩、クレアさんから離れたとき、ボスの雄叫びが再び部屋に反響した。

「おじさんのこと忘れてないか?」

「おじさん!!」

 声の方を見ると瓦礫の上でかっこいいポーズを決めているおじさんがいた。ボスの左目には矢らしきものが刺さっている。そういえばおじさんの姿を今まで見ていなかったかも……わ、忘れていたわけじゃないんだけどね!!

 あれ?でもおじさんの傍にもう一人オジサンが?誰だろう……?

「勇者様!ランプ!」

「あ!!」

 フローラさんに言われて銃を見ると五つのランプが全部点灯していた。

「みんな!!離れて!!!」

 フローラさんも僕を降ろすとクレアさんと二人で少し離れていった。

 シンたちもボスの足元から離れていく。

 おじさんにやられて、ボスはこっちの場所がわかっていない。我武者羅に一本の腕を振り回していた。

「くらえ!!!」

 ボスの心臓を狙って引き金を引く。

 

 そのあとの記憶が、僕にはない。

 

 

つづく?

 

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