いつも探していた気がする。気がするだけで、はっきりと、意識して探したことはない。でも、きっと、僕らは毎日必死に探していたんだろう。

 

 

 僕、田中空也は、普通の夫婦の間に生まれ、普通に義務教育を全うし、そこそこいい高校に通って、一応国立の大学に合格して卒業した。

 そして今は、都会の中小企業に就職をして業務を日々こなしている。

 毎日のスケジュールはほぼ決まっていて、一か月のルーティンも覚えてきた。そんな時だ、掲示板で張り紙の第一号を見たのは……。

『○○ホールディングスの子会社になることが決まりました』

 大手グループ企業の名前にビックリしたが、悲観的な話ではないし、それに伴ってリストラがあるという話でもなかったので、多くの従業員がそうだったように「そうなんだな~」とだけ思ってすぐに業務に戻った。

 それから一か月もたたない間に第二号が張り出された。

『○○ホールディングスに吸収合併されることになりそうです。そうなるとリストラの必要も出てきます。話し合いをしているので少しお待ちください』

 【リストラ】という単語にどよめいた声が出ていたが、【お待ちください】とある以上、僕らにできることなかったのだろう。僕は少しだけ覚悟をしながら業務に戻った。

 そして第三号の張り紙は、僕らの心配を少し緩和してくれた。

『子会社となることで決まりました。皆様ご安心ください』

 リストラの話がなくなったのはよかったが、どこかこの決定に納得していない自分がいた。その感情を、僕は気づいてやれなかった。

 子会社化して数年が過ぎ、上層部の入れ替わりが行われた。恵比寿顔の社長が退任を発表した時は、僕みたいな下っ端でも少し淋しさを感じた。新しい社長も魚みたいな顔で面白いけど、入社最初の社長ということで親しみはそっちにある。

 そうして社長が交代して半年がたった時だ。第四号の張り紙が出された。

『○○ホールディングスに吸収合併されることとなりました』

 簡潔な張り紙にはいつかみた、第二号で書かれていた文言が浮かんだ。

……――リストラ――

どうしてそうなったのか。誰がリストラになるのか。会社内はパニック状態になった。色んな噂が飛び交う中、多くの注目を集めたのが、現社長の独断実行だったという話だ。

しかも、社長は向こうでの席がもう決まっているという。もちろん、給料は今よりも優遇されるらしい。その話だけは立証される書類まで社員の間で広まった。僕らは彼の昇給のダシとしてクビにされるのか?

 彼の、いや、“奴”のやり口の汚さに僕は憤りを感じずにはいられなかった。

 そんな僕らの怒りを最初に表してくれたのが、退任した恵比寿顔の元社長だった。

 元社長は先頭に立って僕らの気持ちを表現してくれた。

 でも社長は高齢で退任を決意した方で……すぐに無理が祟って倒れてしまった。

 僕らは途方に暮れた。だって、元社長がいてくれたから戦えていた。ほぼ一般ピーポーな僕らに巨大ホールディングスに立ち向かう力なんてない。このまま流されるしかないんじゃないかっていう雰囲気になっていっていた。

 だけど、僕は嫌だった。どうしても、奴のやり方に納得ができなかった。

 それでいいんだろうか?私利私欲のために弱者を切り捨てる人だけが幸せになるのでいいのだろうか?そんな世界でいいのだろうか?

 

 ――じゃあ、僕の生きる意味ってなんだろう……?

 

 この時、その問いが明確な声になって僕に届いてきた。

 ずっと、ずっと聞こえていた気がする、優しい声で、僕を思考の渦に叩き付ける。

 【意味】って何?【動機】ってこと?生きる動機?生きたいからじゃだめなの?生きたいのは何で?理由なんてない……ただ生きたいって思うんだ……きっと誰にもない……生きたい理由は、【生きたい】ってだけ……みんな一緒……一緒なら、僕は何?……今問いかけてくれるのはなぜ?……今、だから?

今なのかもしれない……【生きる意味】を作るなら……

 

「正しいことをしたい!」

 

 その思いが爆発みたいに沸き起こった。爆発は甚大な被害(影響)を周りに与えて、爆風はどこまでも爆発の威力を伝えていく。

 社長はホールディングス相手に訴訟をしようとしていたが、僕は現社長を辞任に追い込む作戦にでた。そのために辞任を訴える署名集めをはじめ、会社内で演説をお願いしたりと真剣に取り組んでみた。するとあっという間に必要以上の署名が集まり、社長は辞任。僕らのクビは繋がった。

 長かったような気がするが、半年というあっという間の出来事だった。僕の活躍もすぐに風化していき元の生活に戻っていく。でも、元通りじゃないってことは僕がよくわかっていた。なぜなら、僕には役割を果たしたという達成感と自信が芽生えていた。

 あの問の声は完全に消えたわけじゃない。だけどもう、その声に耳をふさぐことはないだろう。

 君にも聞こえないだろうか?

 ずっと語りかけてくれている暖かい声が……

 

END

 
 
 
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