シンたちはエマの父親の後を追って屋敷の奥へと進んでいた。

 タケルと繋がっている通信機を自分の胸の内ポケットに収めて、シンは自分の決意に揺るぎがないことを確認する。少しでも躊躇えば大事な情報を聞き損じてしまう。姫へと通じるヒントさえ聞き出せればいい。それが自分の役割だ。

 そうは思うのに、どうしてか気が重い。通信機から聞こえたタケルの悲痛な声のせいだろう。シンは貧弱な勇者の顔を思い出して、すぐに打ち消した。

(勇者様には無責任なことをした……でも、彼ならきっと新しい仲間を見つけられるさ)

 自分のようなわがままな奴ではなく、とシンは自嘲した。

 まさかその貧弱勇者が中ボスを一人で倒し、心強い仲間を引き連れて助けに来ようとしているなんて、シンは少しも想像していない。

「おっさん。エマ。覚悟は良いな?」

「言っておくが、おじさんに死ぬ気はないぜ」

「頼もしぃ~!あたしだって!父さんと一緒に町に帰る気マンマンだよ!」

 三人がいるのは屋敷の一番奥と思われる部屋の前だ。

 入口の門と同じように凝った彫刻が施された大きな扉からは、邪悪な魔力が流れ出ているのを感じる。エマの父親がこの扉の中に消えたのが勇者と連絡を取った直前だ。今のところ悲鳴も何も聞こえてこないが、危険なのは間違いないだろう。

 シンは扉に手を伸ばし大きく息を吸い込んだ。タケルの姿と一緒にゆっくりと吐き出してしまい、頭の中には姫の姿だけになった。

(必ず。助ける……!)

 意を決してシンは人間の大人サイズにくり抜かれた扉を開く。

「やっと入ってきたか。小物ども」

 入ると、扉よりも高い天井と広々とした空間が現れた。しかし、その空間の半分を大きな椅子が陣取っている。魔物はその椅子に座っていた。椅子に座っているはずなのに、魔物の頭は天井に届きそうになっている。

 こいつがボスだと、三人は確信した。そしてこの魔物はシンたちが扉の外から様子をうかがっていたのに気が付いていたらしい。重たく籠ったような声が三人にゆったりと話しかけてきた。

「待たせていたようで申し訳ない。お詫びにあなたの話を聞いてあげますよ」

「おたくにこの家は狭いんじゃねえの?引っ越しを勧めるぜ」

「父さんは置いて行ってもらうけどね!」

「エマ!?」

 男の叫び声に三人が見渡すと、魔物の足元に眼鏡の男性がいるのを見つけた。追いかけてきたエマの父親だ。

「父さん!」

「待て!!」

 走りだそうとするエマの襟首をアレンがとっさに掴んで引き戻した。

「何すんのさ!」

「バカ!ちゃんと見ろ!親父さんの傍にも魔物がいる」

 言われてみてみると、エマの父親をここまで連れてきていた小物魔物が彼の両脇に控えていた。二匹とも槍を持っている。もしあのまま注意散漫になっていたエマが父親の元まで行っていたらどうなっていたか……エマはアレンに従って大人しくなった。

「お前がトーマスの娘か。なるほど……アレは捕らえて人質にでもなってもらおうか。お前が我らに協力するようにな」

 ボスがエマを見てニヤリと笑い、次にその視線をトーマスに向けた。

 トーマスの顔から一気に血の気が引いていく。

「娘を巻き込むな!」

「お前が言うことを聞けば、その願い叶えてやらんこともないんだがな」

 ニヤニヤと、ボスはトーマスに笑いかける。その汚い笑みをトーマスは悔しそうに睨み返すことしかできない。

「お父さん!忘れてないよね!お母さんのお墓の前で誓ったこと……アレを破るなんて、あたし、何があっても許さないから!」

「エマ……」

「こんな奴、あたしの発明品でぶっ飛ばしてやる!」

 エマは父親に向けていた視線をボスへと移した。力強いその言葉に、シンは剣を構え、アレンも弓の標準を合わせる。

「お?もしや、貴様ら我と戦おうと思っているのか?」

「そのもしやだ。お前を倒し、姫の居所を聞き出す」

「ヒメ?」

 シンの言葉にボスは顎に手を当てて思い出すようなポーズをとった。そしてトーマスに向けたものと同じ、不気味な笑みを浮かべてシンを見る。

「なるほど……それが聞きたくてわざわざ命を捨てに来たというわけか。良いだろう。冥途の土産に教えてやろう……」

 シンは懐にしまった通信機を握りしめた。タケルにちゃんと届くように願って、ボスに一歩近づく。

「この国のヒメはな……我が喰ってやったよ」

 

……

うわあああああああああ!!!!

 

 数秒間の沈黙があった。シンがボスの言葉を理解するのにかかった時間だ。

 絶望の雄たけびが壁を震わせ、部屋中に鳴り響く。

 シンの剣がボスに向かって一直線に伸びていく。その雷のような斬撃をボスは大きな掌の一振りでシン諸共吹き飛ばした。

「ぐっ!?」

「ガハハハッ!!弱い弱い!こんな軟弱な騎士しかいないからヒメ殿は死んだのだ!」

 口の端から流れる血を拭い、シンは再び立ち上がる。その目は絶望に揺れ、復讐の炎を燃やしていた。

「この!?」

「待て!」

 再びボスに飛びかかろうとしたシンの前にアレンが立ちふさがった。

「どけ!!」

「うるせぇ!!!」

 アレンの肚から吐き出すような声に、さすがのシンも一瞬口を噤む。その隙を逃さず、アレンは言い聞かせるように落ち着いた声でシンを咎めた。

「一人で我武者羅に向かって行っても勝てるわけねえだろ。倒したいなら少し落ち着け」

 シンはそれでも前に出ようとしたが、睨みつけるアレンの気迫に体は動きを止めていた。

 そうして呼吸をしているうちに、だんだんと彼の言葉が頭に入ってくる。

「冷静になったか?俺はココでくたばる気はないって言ったろ?」

「……悪い」

 シンの目が光を取り戻したのを確認し、アレンは彼と一緒にボスに向き直った。

「ほう……少しはできる奴がいたのか」

「お褒め下さりありがとよ。待ってくれた礼はちゃんとさせてもらうぜ」

 そう言ってアレンはエマに視線を向けた。

 彼女は待ってましたと言わんばかりに、ポシェットから大きな銃の形をした何かを取り出して見せた。

「ジャジャジャジャーン!私の発明した初めての武器!その名も魔光銃〈マコウガン〉!」

 とぼけた効果音はさておき、『初めて』という部分にシンとアレンは驚いた。

「は、初めてだと!?」

「もしかして、オジサン早まったかな……」

「まあまあ!実験は済んでるから設計に失敗はなし!効力の方は見てのお楽しみ!ってことで行くよーーーー!!」

 エマはそう叫ぶと銃口をボスに向けた。銃のグリップにある五つのライトが赤く光りだす。

「発射!!!」

 声と共に引き金を引く。

 すると、銃口から真っ赤に燃え盛る炎の弾が飛び出した。

「何!?」

 油断していたボスは出遅れ、炎の弾をよけることはできなかった。

 ボスの大きな体が炎に包まれる。

 三人が見守る中、炎の勢いはなかなか治まらない。

 

 

 ボスは倒すことができたのか……

 

つづく?