墓参りに行ったら神様に出会ってしまった

 

 空には太陽が昇っていて眩しく輝いているというのに、その力は全く発揮されていない。吐く息は白いし、七枚くらい着込んでいるというのに体はガタガタ震えていた。夏は無駄に暑苦しかったくせに。日光よ、あの頃の力はどこへ行ったんだ!

「くっそ……ばあちゃんもあの力を求めて空に行っちまったのかな~」

 今日は母方のばあちゃんが亡くなって二年目になる。一年目は家族そろって墓参りに来たが、二年目は特にイベントごとは無いらしく、近くに住んでいた俺が一人で参拝に来た。

「こんな寒い中で孫が墓掃除してるのを見たら、ばあちゃんひっくり返るぞ」

 ばあちゃんは優しかった。遊びに行ったら絶対にお小遣いをくれたし、お菓子もくれた。好きなものを母さんたちに内緒で『秘密だよ?』って言って買ってくれた。もちろん毎回バレて母さんに怒られていたけど。でもイタズラをした子供みたいに笑っているばあちゃんは楽しそうで、だから俺は毎回バレるって解っていても『うん』って頷いておもちゃを買ってもらっていた。

「ばあちゃんは寒くないといいな~」

 とか言いながら掃除のために冷たい水を墓にかけてる俺ってSどうなんだろう。最初に言い訳させてもらうが水道にお湯の機能はついていなかったんだ。だから勘弁してくれよ。

 雑巾でサッと墓全体を拭いたら、花瓶に水を汲んでさっき売店で買った花を挿す。最後に線香に火をつけて手を合わせた。

 この一年で、またいろんなことが起きた。

 幸か不幸かっていうと、不幸のほうが多い。まず、俺は就職先を失敗したみたいだ。ブラックもブラック。残業代は出ないし、休日も週に一日だ。先輩はいい人だけど、その上がひどい。なんでも部下のせいにしてくるから、とうとうそのいい先輩が辞めてしまった。父さんも仕事が少しうまくいっていないらしい。給料が下がったって嘆いていた。でもボーナスはちゃんと出てた。俺の所はもちろんそんなのない。将来が心配だわ……

  ポン……ポン……

 でも良いこともあった。妹が大学に合格した。結構レベルの高い大学だったから俺よりは将来に期待できそうだ。だから当分今の仕事を続けるつもりだ。妹の授業料を少し出してやりたいんだ。今のうちに恩を売っといた方がいいだろうしな。

  ポン……ポン……

 さっきから木魚の音が聞こえてくる。どっかで納骨をしてるのかもしれない。友達が増えてよかったな。ばあちゃん、おしゃべりだったから人が多い方が嬉しいだろ?

  ポン……ポン……

 でもお経が全然聞こえてこないな……ん?

 俺は目を疑った。

 まさか真横で叩いていたなんて思ってなかった。

 しかも、なんか変な奴がなんか太鼓みたいな、玩具みたいな、木魚らしくない何かを叩いてる。あと、宙に浮いてるように見えるのは気のせいだろうか。

(え?超人?いや、人?は?)

 人……のようにも見えるが角が見える。小さな三角形の、鬼みたいな角だ。でも虎のパンツなんて履いていなくて、むしろ神様みたいな、白い布一枚でうまいこと体を覆っている。足は浮いているからか、裸足だ。

「寒い……」

 ついポロリと言葉が出てしまった。きっと独り言だと思ってくれるだろう。

 そう期待してチラリと横目で鬼を見ると……目が合った。

「……」

「……」

 いったいどんな反応が正解なのだろうか。大声を出すべきか?それとも気づいてないフリを続けるべきか?

「おい」

 このタイミングかよ。無視しよう。

「諦めろ。心の声が聞こえている」

「……」

「訂正をしておくが、私は鬼ではなく神だ」

「……」

「嘘ではない。これは確かに角だが、大神様より神の位を授かっている」

「……マジかよ」

「大神様は神の長。最も尊きお方だ。それから、この格好はさして寒くはない」

 駄々洩れじゃないか。ということは、目が合う前から気付いていたことはバレてたってことか?

「そうだ」

「わかった。ちゃんと声に出して言うから待ってくれ」

「わかった」

「えっと……あなたは神様?」

「そうだ」

「ばあちゃんのために来てくれたのか?」

「違う」

「違う?」

「私は祈るもの。つまりお前のためにここにいる」

「俺のため?……ど、どいう意味?」

 危ない危ない。また頭の中との会話になるところだった。あれは不気味だからやってほしくない。

「祈りを天に伝えるのが私の役目。祈りを音に変えて天まで運び、届ける。お前の言葉、すべて先祖まで聞こえている」

「え!?ま、待ってくれよ!」

「何故だ?聞いてほしいから祈ったのだろう?」

「いや、聞こえてないと思ったから言えたんであって、本当に聞いてほしいわけじゃないんだって!」

 あの世で孫の不幸話なんて聞きたくないに決まっているじゃないか。

「そんなことはない。残した者のことを気にかけていない者はいない。皆、話を聞きたがっている」

「それでも、心配とか、不安とかさせたくないから聞かせたくないんだよ……」

 ばあちゃんは俺や妹のことをいつも気にかけてくれていた。死んでまでこっちのことを気にしてほしくなんかない。

「それはお前の気持ちであろう。あっちは違う。知りたいと思っている。辛いことも悲しいことも知って、解りあって、助けとなりたいと思っている」

 確かに、心配してほしくないっていうのは俺の気持ちだ。でも、ばあちゃんだって嬉しい話のほうが聞きたいはずだ。

「違う。お前の気持ちはそうじゃない。お前がただ立派でいたいだけだ」

「!?」

 ……そうだ。俺は、俺がただ、ばあちゃんの中で立派な大人になったと思っていてもらいたいだけだ。でもそれの何が悪い……いいじゃないか。ばあちゃんの前でくらい、かっこよくいたって……。

「皆、喜ぶ。知らなかった本当の気持ち、苦労、思いを知ることができる。祈る言葉には、見栄も意地もない。感謝、憎しみ、懺悔……本心が現れる」

 確かに。本当に届いていると思っていないからこそ、本気で聞こえてるなんて思っていないからこそ、真実を言うことができる。

「だから、喜ぶ。祈る者の真の心を知ることができて。生きているうちに聞きたかったと、どんな言葉であっても思っている」

 だから、届けるのか?

「そうだ」

 なら、俺も知りたい。ばあちゃん、寂しくなかったのか?入院しているの、ずっと黙っててさ。俺たちに心配かけたくないって、黙ってて……一度も見舞いにすら行けなかった。俺、悔しかった……手ぐらい、握りたかった。

  ポン……ポン……

 あの時さ、残業が続いて辛くてさ、さらにばあちゃんの知らせ聞いて、すっげぇショックだった。

  ポン……ポン……

 ばあちゃんも今、こんな気持ちなのかな?知りたかったって思ってる?

  ポン……ポン……

 ばあちゃん……ばあちゃん……本当はさ、甘えたかったよ。

  ポン……ポン……

 でもさ、今度は俺が「秘密だよ?」って言って何かプレゼントしてあげたかったんだ。

  ポン……ポン……

 そのために頑張ってたのに……何もできなかったじゃないか。

  ポン……ポン……

 ばあちゃん……大好きだよ。

  ポン……ポン……

 

 次に顔を上げると、もう神様はいなくなっていた。

 辺りはいつの間にか夕暮れになっていて、さらに冷え込んでいる。

 吐く息は真っ白だ。日が高いうちに帰るつもりでいたのにな。

「じゃ。また明日もがんばるね」

 最後にそう言って、あの神様が浮かんでいた位置に一礼もして、俺は来た道を戻る。来年はまた家族全員で来るようにしよう。

 ばあちゃんと、神様へのお供え物をもって来よう。

 たくさん。本当の気持ちを伝えよう。

 

 それから結構早い段階で嫌な上司が別部署に飛ばされたってことが起きたんだけど、まさかな……

 

 

END