年末、アルトフルートを購入した。これで4本目のフルートになる。1本目は、お試しにヤマハの211という初心者用だ。すぐに飽きてヤマハの714という総銀製のものを購入した。そして、丁度1年前に木製が欲しくなり、ドイツのフィリップ・ハンミッヒ社を購入、今回は、パールの管体銀のストレートを購入した。この期間3年経っていない。ただ、朝・昼・夜と日に3部練習は、1日とも休まずやっている。もちろんプロのフルート奏者のもと励んでいる。趣味というより、どれだけプロに近づけるか・・・これくらいの意気込みである。がんばる!!
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好きな奴、嫌いな奴、誰だって沢山いるよね。大っ嫌いな奴っていつでも僕の心を支配する。机の角でスネをぶつけた時、自分が勝手にぶつけたのに、妙に腹が立つ。あいつの顔が浮かぶ。「ザマアミロ」って笑っていやがる。全部あいつのせいだ。今現在、一番大嫌いな奴、
最初に出会った頃のことを考える。あれから随分年数が経つなあ。あいつとの思い出を書き出してみる。10個、20個、あれっ?大嫌いになった思い出って最近の事だけだなあ。大好きだった時間の方が全然長いぞ。その時の御礼つてまだ言ってなかったなあ。「ありがとう」。あれっ?顔を思い出してもムカつかなくなったよ。
最初に出会った頃のことを考える。あれから随分年数が経つなあ。あいつとの思い出を書き出してみる。10個、20個、あれっ?大嫌いになった思い出って最近の事だけだなあ。大好きだった時間の方が全然長いぞ。その時の御礼つてまだ言ってなかったなあ。「ありがとう」。あれっ?顔を思い出してもムカつかなくなったよ。
今、ちょっと気付いた。いわゆる神って?聞くと、創造だという。宇宙を作ったのも創造?キリスト教徒の何とかの商人という人が言ってた。神は創造、愛、光?僕は考えたのだ。そして気付いた。その共通点は、言語になるが、名詞であり動詞なのだ。。光は、粒子であり波動である。ほんの一瞬、今自体が名詞であって、動詞は、時間という概念がないと成立しない。僕達は、すべてが時間という一方向の中で生きている。だから、その神や佛を動詞といて捉えてみれば、いつもとは、違う目線で見れないだろうか?
office my desk
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タイトルを変更した。五合亭というのは、良寛の庵の名が、「五合庵」なので、庵を亭に変えたパクリであった。今回、「六游楽」に変更したのは、そもそも「五合」ってのは、良寛が一日に五合の飯があればそれで良しとしたところかなであり、「六」は、 六道のことではなく、五官+「意」である。だから「六官」なのだ。「意味ある意識」フランクルではないが、そこまで遊び楽しむという意味だ。「游」は、「遊」ではない。シンニュウ辺ではなくさんずい辺なのだ。老子のなかの「水」である。「楽」は、言わずと知れた「侘びて楽しむ」と言った意味である。
