池田市のインスタントラーメン発明記念館の入場者数、400万人を突破との事です。「昭和33年8月25日、20世紀最大の発明の一つ、あのチキンラーメンが我がまち池田で誕生したんです。」よくそんなごあいさつを申しあげていたことを思い出します。「倉田市長に言われて仕方なく・・・。」今は亡き安藤百福会長は極めてシャイな方でした。ご自分の自慢はあまりなさらずに私にせがまれていやいや建設に踏み切った記念館だとよく言っておられました。

 オープン以来わずか13年足らずで四百万人の方が見学されたというのですからありがたいことです。そのうちの大半が市外からの来訪者ですから、池田市のにぎわい創出の原動力になっていると言っても過言ではありません。北の逸翁美術館、落語みゅーじあむ、五月山動物園と合わせて池田市は近隣観光の拠点都市として今、小南市長のもとで新しいスタートを切った所です。

 日清食品の大阪本社を良く訪問させて頂いて安藤会長からいろいろと教えを頂いたのもつい昨日のように思われますのに、相当の年月が立っていることを改めて気づかされることがあります。「自分の甲斐性で出来ない事は引き受けるな」等々いろんなことを教わりました。そして、「池田は何と言ってもインスタントラーメンのメッカであることに違いないんだから」現在の安藤CEOからそう言って頂きました。横浜に次なる記念館を建てるという話があった時です。

 横浜の記念館は池田の記念館の2倍以上の規模で今や横浜のみなと未来地区のシンボル的施設になっています。西日本の皆さんは池田の記念館へ、東の人は横浜の記念館へとの住み分けもスムーズに行っているようです。池田は何と言っても、インスタントラーメンのメッカなんですからこれからも年間六十万人近い人が池田を訪れて下さることでしょう。そして、「ラーメンのまち池田」益々記念館と共に発展していくことでしょう。

 実はその横浜の記念館で明日、開催される安藤食文化スポーツ振興財団の理事・評議員会に評議員として出席させていただくことになっていますので、改めて池田の記念館のオープンのことを思い出しながら書かせていただきました。今後も池田の記念館が池田市はもとより地元満寿美町の皆さんにも支えられて池田市の核施設の一つとして末永く発展することを祈っています。

 そんな訳で、12日の帰りは5時前になりそうです。