倉山満『ウェストファリア体制 天才グロティウスに学ぶ「人殺し」と平和の法』(PHP新書 2019年)読了(再読)。
約1年ぶりに本書を読み直した。
重要な内容が多く、大半のページに付箋を貼っていた。
「ウェストファリア体制」は日本語である。
こんなことを聞かれると大半の人は「?」となることだろう。
しかし、これは非常に重要な意味を持つことである。
「ウェストファリア体制」が「欧州公法」ではなく、文字通り「国際法」として確立したのは、日露戦争後の明治40年。
日本が欧州諸国以上に「欧州公法」を守り、そしてロシアに勝ったことで、文明の法としての「ウェストファリア体制」を確立したのだ。
では、日本語の「ウェストファリア体制」の内容とは何か。
一 心の中では何を考えてもよい
二 人を殺してはならない
三 お互いの存在を認めあおう
この三要素である。
至極当然のように思えるかもしれないが、これらが当然であるというところに辿り着くまでに、どれだけの時間がかかり、どれだけの血が流されたことか。
日本の「当然」が世界の「当然」になったのが明治40年。しかし、それも束の間、第二次大戦後にはその体制も崩れ、世界は中世に逆戻りの様相を呈している…。
その他にも、「戦争」は国家間の決闘であり文明的な行為であるということの意味、「敵」と「犯罪者」は区別しなければならない、等々重要な内容が満載。
塾長の次回作『ウッドロー・ウィルソン』の内容をより深く理解する上でも是非、本書を手に取ることを勧めたい。
文明的であるとはどういうことかがよく理解できる1冊である。