熊谷直『帝国陸海軍 軍事の常識』読了。
先日読んだ『帝国陸海軍の基礎知識』の続編である。
前作に引き続き、帝国陸海軍の基礎的なところを解説している。
【感想】
①「政治主導といいながら、官僚に頼らなければ動かないのが日本の行政である。福祉だけ、経済だけ、防衛だけというように、政治の中でも縦割りでしかものを見ようとしない現代の政治家、いや政治家だけではなくリーダー一般の傾向は、大きい目で判断するジェネラリストの不在を示しているのではないか。」(p19、序章より引用)
一つ目は、少し軍事とは離れた感想になってしまう。
官僚というものは、各分野のスペシャリストである。ゆえに各々の分野の事柄には精通している。要は個々の「部分」に関しての専門家である。しかし彼らはジェネラリストではない。
英語のgeneralには、陸軍大将という意味もある。陸軍大将ともなれば、陸軍大臣や参謀総長などに就任もする、陸軍という大組織の頂点に君臨する階級である。頂点に立つということは、専門家のように特定の部分だけを見て判断するということはできない。広い視野を持って、多角的に物事を見て判断しなければならない。
このことを考えると、ジェネラリストとして、大きい目で判断することが求められるのは、本書でも述べているように政治家である。しかるに、現在の日本で国政を担う政治家はその役割を果しえているだろうか。実態として、本来政治家がなさねばならないことは、財務省の高級官僚が行っているのではないか。
なぜスペシャリストであるはずの財務官僚が国政を取り仕切っているのか。スペシャリストたる官僚を使いこなさなければならないジェネラリストのはずの政治家が、その役目を果たしていない。どころか、政治家はスペシャリストの財務官僚の言うことを聞いて、それを実行するのが政治であると考えているのかもしれない。
スペシャリストが国政を取り仕切ったところで、結局のところは日本国の国益に適った政策ではなく、各省庁の省益に適った政策が行われるだけである。日本の国益と各省庁の省益はイコールではない。
日本の国益とは、究極的には「国民全員が誰からも脅かされず、安心して豊かな生活を送ることができる」ことだと思う。しかし、省益とは各省庁の官僚と、官僚と利害関係がある一部の人間だけが利益を得るものではないか。省益を優先する人間に国政を仕切らせても、国民全員が利益を得ることができないのは明らかである。
一刻も早く、官僚が国政を取り仕切るという体制を崩し、国民の代表たる政治家自身が本来のジェネラリストとしての役割を全うするような体制にしなければならない。
②日本の参謀制度の歴史と特徴について。
「参謀はふつうは兵科将校であるが、参謀長をのぞき階級が低いので、次級者として部隊を指揮することは、まずないといってよかろう。辻参謀の立場では、どこからみてもノモンハンの第一線で部隊を指揮することは、ありえないことであった。しかし、そのような立場の一派遣参謀が、指導という名目で下級部隊の作戦に大幅に口だしをすることを認める雰囲気があるのが、昭和の日本陸軍であった。」「日本陸軍には、参謀主導の体質があったので、参謀の越権行為が問題にされることがなかったのである」(p70・p71、第四章 日本参謀制度の歴史と特徴より引用)。
なぜ陸軍に参謀の越権行為を容認するような雰囲気が醸成されていたのか。その起源は戊辰戦争に求めることができる。
戊辰戦争では、新政府軍の東征大総督となったのは、有栖川宮熾仁親王。そして各方面の先鋒総督となったのは公卿たちであった。しかし、実質的に新政府軍を動かしたのは、参謀として補佐した西南雄藩出身の各藩士(西郷隆盛、大村益次郎、黒田了介、山県狂介、板垣退助など)たちであった。
陸軍参謀が形式上は指揮官の補佐役でありながら、実質的には意思決定機関のような機能を持つようになった遠因がここにある、と著者は言っている。
これは確かになるほどと思った。張作霖爆殺事件の河本大作、満洲事変の石原莞爾、ノモンハン事件の辻政信などは皆、本来指揮権のない参謀である。
ちなみに海軍は陸軍とは異なり、指揮官の手足以外のことをする必要はない、という意識があったようであり、これは陸軍と海軍の作戦運用思想の違いからくるものではないか、ということであった。
軍事組織というものは、ライン(指揮官)とスタッフ(参謀)の役割がしっかり分かれているものと思っていたので、ここは勉強になった。参謀の越権行為を許した陸軍の失敗は、教訓にしなければならない。
何もこれは軍だけの話ではなく、会社についても言えることではないかと思う。指揮命令系統をしっかりするということは、組織の運営上非常に大切なので、日々の仕事の中でもこのあたり意識していきたいと思う。
③「西欧の人々にとって軍備は、お上のものではなくて自分たちのものである。自分たちの地位や経済状態を向上させてくれ、安全を保障してくれるものである。それがかれらの軍事への関心の高さに表われている。」「旧陸海軍について知ることは、自衛隊を知ることにも役立つ。自衛隊だけではなく、軍隊には世界共通の制度があるので、世界の軍隊を知る手がかりにもなる。」(p316、終章より引用)
未だに軍事否定の風潮というのは根強いものがあると思う。しかし、中国や北朝鮮の行動で、日本が危険な状態なのだと気づいた人も徐々に増えているものと思う。日本の周辺諸国は、何をしてくるか分からない国々なので、それに備えなければならない。そのためには、まずはデフレを脱却して経済を成長させた上で、それらの国々に対抗できるだけの軍備を整備しなければならない。こういう意識を一人でも多く持つことが、「くにまもり」につながるのであろう、と改めて思った。
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