やってしまった・・・・。
さすがに、あれはひどいと自分でも思う。
クララの前に雇っていた大学生に怒鳴ったときは、まずいとは思ったけど、こんな罪悪感はなかった。
クララはたしかにドジだが、仕事は見ていて笑えるくらい一生懸命だった。
かわいらしさと、ほんわかした笑顔で、客の受けもよかった。
やめさせる理由なんてなかったのに、なんであんなこと言ってしまったんだろう。
「はあ・・・」
「どうした瑛?」
「ああ、なんでもない、じいちゃん」
「そうだ、クララさんだが・・・」
「ああ、うん、わかってる!」
不意に子供の泣き声がフロアに響いた。
どうやらジュースをこぼしたらしい。
うは・・・苦手な場面。
居ないと、分かっていてもついクララの姿を目で探してしまう自分が情けない。
あいつなら、こういうの得意そうなのに・・・・。
しぶしぶ取り上げたタオルが、横から奪われた。
「大丈夫? うん、泣かなくていいよ。ほらキレイ、キレイ」
「まあどうもすみません」
クララだった。
子供を上手くあやしながら、子供の服と、テーブルを綺麗に拭いている。
「ほら、もうキレイだよ? ね、男の子だからもう泣かないよね?」
子供は、まだ泣いた後の余韻で震えながらも、「ありがとう、おねえちゃん」と舌ったらずな声で言った。
「うん」
子供の頭をなでるクララ。
・・・・・さすがだ。
「マスター、遅刻申し訳ありませんでした」
「委員会だったね、ちゃんと連絡してくれたからかまわないよ」
「はい、今から入ります。今日もがんばります!」
じいちゃんとにこにこ話すクララの笑顔が怖い。
来てくれたのは正直嬉しいが、これからどうしよう。
さすがに、黙っているのはまずいと思い、お皿を洗うクララの背中に、意を決して声をかけた。
「ええと、あのさ、綾瀬さん?」
くるり、と振り向いたクララは。
俺に向かって、大きく「アッカンベー」をした。
うは、むかつく!!
「ブレンド3つあがったぞ」
「ああ、はい、今行く」
ああもうむかつく。
むかつくけど・・・・でも、悪い気分ではなかった。
「ちょっとワシは、出かけてくるでの」
「え?でかけるの!?」
「あとは片付けと戸締りを頼む。どうかしたか?」
「いや・・・・なんでも」
二人きりにしないでくれよ。
はあ・・・。
やっぱちゃんと謝らないとまずいよな。
無言でテーブルを拭いているクララに向き直る。
「あ、あのさ、その・・・・」
「・・・・」
「昼間は、悪かった。あれはその、言葉のあやというか、その・・・」
突然、クララの肩が震えだす。
次ぎの瞬間、クララははじけるように笑い転げ始めた。
「くくく・・・・・」
「なにがおかしいんだよ!」
「だ、だって・・・・」
「ああもう、前言撤回! やっぱお前みたいな変なやつ知るか!」
「ご、ごめん、違うの。嬉しくて」
「はあ?」
クララはようやく笑いを納めると、にじんだ涙を指でぬぐった。
「私、友達と喧嘩したの初めてだったから。怖かったけど、なんかいいね、こういうの」
「はあ?」
何を言っているんだこいつは。
喧嘩が楽しい?
俺は小さい頃ガキ大将なんかと喧嘩して、それで友達もいなかったけど。
それで、楽しいなんて思ったことはない。
まあ、たしかにこんなボケたやつじゃ喧嘩にもならないだろうから、もの珍しいのだろう、多分。
「あ、でも、「来るな」なんて、わたし何かしたのかな?」
「いや・・・その、なんつーか勘違い?」
「んじゃ、わたしここに居ていい、かな?」
「べつに・・・どっちでも。っていうか・・・居て、いい。子供の相手とか俺苦手だし」
「よかった」
にっこりとクララが笑う。
・・・・・よかった。
素直にホッとした。
「あ、そだ」
俺はポケットからチケットを2枚取り出した。
「これやるよ」
「なに? あ、遊園地のチケットだ。今週の日曜日までだね」
「客にもらった。行ってこい、お前好きだろこういうの」
「うん、じゃあ、バス停に10時に待ち合わせでいい?」
「そうそう、バス亭に10時・・・って、おい!俺が行くなんて言ってないだろ!」
「え?違うの?」
「違う! 誰か他のやつと言って来い。そう、他の・・・」
そのとき、なぜか色黒で長身の男とクララが遊園地に行く画像が思い浮かんで、なぜか俺はあせった。
なんでだ。別に、クララが誰と行こうと関係ないはずなのに。
志波に、遊園地はあまりにも不似合いだからだ、そうに違いない。
しかし、そんな俺にクララはキッパリと言い切った。
「佐伯君と行きたいな」
「行かない!興味ない」
「ないの?」
「ない」
「全然?」
「全然」
「ジェットコースターとか嫌い?」
「ジェット・・・嫌いだ」
「最近ゴーカートができたらしいよ?結構本格的だって、密ちゃんが言ってた」
「なに!? ・・・・いや、興味ない。うん、まったくない。・・・だいだい、学校の奴に見られでもしたら、どうするんだ!うるさいんだぞ、女どもは!」
「佐伯君が迷子になってたところを偶然見つけて、道案内するところ、とか言えば・・・」
「な、なんだ、その言い訳は! せめて逆だろ! 珊瑚礁の中で迷子になれる、天才的方向音痴のお前がそんなこと言っても説得力皆無だからな!」
「あ、あれは・・・ま、迷子になったんじゃないもん、部屋を間違えただけで・・・」
「だああもう! とにかく行かない! 行かないったら行かない!」
「そっか・・・」
クララは残念そうに、手の中のチケットに視線を落とした。
ああもう、そういう顔は反則だ!
「・・・・・」
「・・・・・」
「行こ?」
「・・・・バス停に10時な、遅れるなよ」
「やった!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶクララ。
なんかすっかりこいつのペースに巻き込まれているような、ものすごく恐ろしい予感がして、あわててかき消した。