kuranda miya オーストラリア女優への道 -2ページ目

kuranda miya オーストラリア女優への道

永住権の次は女優だぁ!!
一度しかない自分の人生
ずっとやってみかたっかこと、年齢に関係なく挑んでいきます。

We got permanent residency.
What is next?
I become actor in Australia!
Life is only once.

こんばんは。

普段はお気楽に、自分が何人であるかも忘れてしまうような心穏やかな日々を送っていますが舞台の前にはあれこといろいろ考えます。

まず一番に考えるのは日本人である私。
私たちのチームは移民の国オーストラリアらしくバックグラウンド(国籍)の違う役者、ミュージシャン、ディレクターで成り立っています。
もちろん会話は基本英語ですが、舞台上ではそれぞれのバックグラウンドを大事にしているのでそれぞれの言語や踊りや動きが飛び出してくる。
それもうちの持ち味のひとつ。
なるべく期待に答えたい、喜んでもらいたいと思う反面、プレッシャーでもある。
正直日本人である自覚もほとんどない。
何人ですかと聞かれれば「Kuranda人です。」と答えたいくらいだ。
日本に対して疑問も不信感もぬぐいきれないほど持っている。
だから日本を出た。
ただ、私も人の親で人の子。
日本に住む家族や親せきに子どもの成長を見てもらいたいし、自分たちの元気な姿を見せるのが親孝行だと信じて一年に一度なんとか帰国している。
離れて改めて見る日本の文化は美しくて、学びたいことも山ほどある素晴らしい国。
ただ、いざその中に飛び込むと海外から見る美しいところにたどり着くには程遠い日々の生活がある。
親せき付き合い、体裁、ルール
「こうあるべき日本人の40歳女性・母親」という枠から大きく外れた私は日本に着陸した時点でつまづいてしまう。

【郷に入れば郷に従え】逆にオーストラリアでは親せき付き合いも体裁もほぼ関係ないんだからそれを楽しめばいいよ。と言うポジティブな私も日々のサイクルにあっという間に飲み込まれた。
何とか子供たちを時間に間に合うよう学校に行かせて、皆が作るようなお弁当を作り、帰ってくる前に片付けと洗濯、掃除に夕飯の仕込み。
子供たちが帰ってきたら宿題と明日の準備を済ませて夕飯、お風呂であっという間に寝る時間。

あれ?

舞台見に行く時間は?
友達と人生の話をする時間は?

私は?

何のために生きてるの?

だんだん病んでいく。心が・・・。

精一杯やっても誰も褒めてくれない。

そんなこんなで日本を好きになる時間もなくオーストラリアに戻った前回の日本。

そんな私が日本人を演じる?
と、いうか嫌でも何でも日本で生まれ育って両親も祖父母も日本生まれの日本育ち。
祖父母も一緒の大家族。福岡の元炭鉱の町の錆びれた小さな町(村)で育って近所は生まれた時から知ってる人のみ。
私は宮田のみやちゃん。
当たり前に行われる地域のイベント【千人参り】や【盆踊り】(夏休み中毎夕稽古をしてお盆の3日間初盆の家庭、寺などで踊る 踊り子は花車で移動する。)

信心深いとは思ったことなかったけれど、子どもの頃当たり前のように祖母たちと行っていた【千人参り】と言われる巡業にも参加していたし
近所のおじいちゃんおばあちゃんの前で「月が出た出た~」と踊り付きで熱唱したりもした。

日本人だ。やっぱり。

なんだか眠くなってきました。
おやすみなさい