母「あんた、結婚しないの?」

私(それって、人に向けて良い言葉だっけ?)

 

諸君、私である。

およそ人として褒められるべき点が見当たらないでおなじみ私である。

 

上記の衝撃的なやり取りは、私が正月に実家に帰った際に実際に行われた会話である。

あろうことか「明けましておめでとう」の返す刀で放たれた一撃である。

さすがの我が破天荒ママも、人として最低限の礼節はわきまえているので、コミュニケーションは挨拶からしているのだが
だからと言って二言目にしていい会話でないことは明白である。

 

正月に帰ってきた息子。

都会の暮らしはどうだ?

風邪をひかずに元気にやっているか?

初詣にはもう行ったのか?

それらの正月にあるべき親子の会話を吹き飛ばして、飛び出してきた会話がこれである。

 

こんな私に対しても「アンタなんか生まなきゃよかった」などと言わずに、甲斐甲斐しくも母親をやってくれている我が母であるので、当然結婚などというセンシティブな話題に対しての、ある程度のモラルを持っているものだと思っていたのだが、見事に裏切られた形になる。

というかこの会話のテンプレートは基本的に女性が実家に帰ったときに行われるものではないだろうか?私は生物学上も自認も他認も男であるわけだが、このセリフを言われても良い立場に本当にあるのだろうか?
 

 

私「いやぁ…しないんじゃない…?」

 

私の返答も目も当てられない。

なんという歯切れの悪さ、なんというキレの悪さだろうか。

これが友人との会話であれば、そのデリカシーのなさにツッコミを入れ、大きな笑いに変換しているのが普段の私であるが、今回は相手が母親である。

それに、私に多くを望まない世間で言う理想的な母からこの話題が出てきてしまっている以上、もはや冗談では済まないのだ。

 

母「そんな結婚しないとか、今どきの若い子みたいなこと言ってないで…」

 

ここはひとつ訂正しておきたいが、私は今どきの若い子そのものである。

いわゆるアラサーと称される年齢になってしまったことは、今や認める他ない事実ではあるが、それでもとらえ方を替えればまだ20代である。

感性や思考レベル、ストレス耐性や日頃の言い訳などから鑑みても、10代と遜色ない人間性であることを自負している。

結婚に対する考え方がイマドキの若者であることは自然であり、結婚こそが幸せだと考える大人的な思考はむしろ不自然であるとすらいえるだろう。

 

私「いやあ…でも、私一人でどうにかなる話でもないからさ…」

 

何も言い返せない私をどうか笑ってほしい。

ここで私が「いや、お前も離婚しとるやないか~い!」などと言える強心臓であったらどれだけ生きやすかったであろうか。

あまねく自身の感情と意見を飲み込み、それをインターネットという電子の海でしか発表できない私の小さな人間性が生きにくさを助長し、その結末として上記のような防戦一方の会話を繰り広げるに至っている。

もうわかった、勘弁してくれ、俺が悪かった。別に今後も結婚の予定はないし、心を入れ替える気もないが頭は下げる!そう態度で宣言しながら白旗を振るしか、私にはできないのである。

ほら、結婚はね、私がしたいだけでも出来るものじゃないから!という「子供は授かりものですから~」と同じ逃げ方しかできない。

この場合、妊娠の有無とは違い、結婚はある程度努力でどうにかなるので、そもそもその論は破綻しているが。

 

中学の頃「お前は意外と早く結婚しそうだよな~」などと言われていたのが懐かしい。

何の意外性もなく、今日に至るまでにっちもさっちも上手くいっていない。

同級生の中で早くに結婚したのも、なんの意外性もなく順当に学生時代もちゃんと恋愛していた奴らばかりである。

学校は社会の縮図というが、社会は学校の展開図である。

学生の頃に優秀だった奴は、ちゃんと社会的にも優秀であり、私のような奴は、やはり私のような奴にしかなっていない。

 

しかしながら、なんの成長もしていないというわけでもない。

なんと、私が他人の幸せを素直に祝福する気持ちを獲得できたのである。

先日、友人の結婚式に参列したのだ。

友人はといえば、実に緊張しっぱなしであり、どこかのタイミングでロボットと入れ替わっていたとしても気づかないほどのガチガチ具合を親類縁者に見せつけていたが

それでも非常に幸せそうにしていたのである。

 

とてもいい友人であったので、本当に幸せそうな様子は、いくら斜に構えた皮肉屋を日がな演出している私にとっても心から祝福できるものであった。

それに何より、互いに認め合えて笑い合えるあの関係性は素直にいいなあと思えてしまったのだ。

 

様々なことをメリットデメリットで推し量ってしまいがちな昨今であるが、シニカルで頭のいい風を装っているうちに逃がしている幸せが案外たくさんあるのかもしれないなと思ってしまった。

 

少し、結婚した友人氏の生き方を見習いたいなと、そんなことを思った。

 

 

友人氏おめでとう。

そして、私の次にスピーチした新婦の友人代表に最大限の謝意を表して、この散文を閉じる。