夏も終わりだというのに、学校終わって気が抜けたのかプチ夏風邪引いてしまいました。
酷暑ってわけでもないんだけど体力を消耗しないためにもクーラーをつけてみました。
やだなにこれ涼しい。
「食べる」ことより「飲む」ことの方が好きだったりします。
料理にパン作りにと、『食』に入れ込んでいる感のある私ですが、幸せを感じるのは食べている時よりも作っているときやお客さんにサーブしている時―最近めっきり少なくなりましたけど―のほうで、自分が摂取するってことになると、むしろ飲む方を好みます。
といってもお酒は飲まないので、お水とかお茶とか、コーヒーとかビネガー豆乳なんかです。 牛乳を買うときは1リットルパック3本がデフォです。こないだスーパーで買い物したとき、カゴの中がほとんど飲料でした。
朝食にはコーヒーをいれます。2杯分をドリップして、2杯目の残り2割くらいになったら牛乳を足してカフェオレにします。それから野菜ジュースと豆乳。食べるのはシリアルかトースト、スフレオムレツ、生野菜(ノードレッシング)。明らかに飲料のウェイトが大きいです。
おかげでお腹がタプタプになってますが幸せです。
おなかはいっぱいになるけれど、腹持ちはしません、ええ。
料理にパン作りにと、『食』に入れ込んでいる感のある私ですが、幸せを感じるのは食べている時よりも作っているときやお客さんにサーブしている時―最近めっきり少なくなりましたけど―のほうで、自分が摂取するってことになると、むしろ飲む方を好みます。
といってもお酒は飲まないので、お水とかお茶とか、コーヒーとかビネガー豆乳なんかです。 牛乳を買うときは1リットルパック3本がデフォです。こないだスーパーで買い物したとき、カゴの中がほとんど飲料でした。
朝食にはコーヒーをいれます。2杯分をドリップして、2杯目の残り2割くらいになったら牛乳を足してカフェオレにします。それから野菜ジュースと豆乳。食べるのはシリアルかトースト、スフレオムレツ、生野菜(ノードレッシング)。明らかに飲料のウェイトが大きいです。
おかげでお腹がタプタプになってますが幸せです。
おなかはいっぱいになるけれど、腹持ちはしません、ええ。
最近のお気に入りの動画!
Letting Up Despite Great Faultsの「Our Younger Noise」。
お互いの手を(彼女が勝手に)紐で結んで気ままにはしゃぎまわって、みんなで紙ヒコーキの投げ合いして、パーリィー会場では彼氏はふてくされてて、みんなでトイレットペーパーの投げ合いして、目が覚めたら夢だった。彼女はいない。でも、腕に結ばれた紐は残ってる。
脈絡のないそれぞれの場面をつなぐのは不思議なトンネル。テーブルとそれを覆うものさえあれば即席でできちゃうこの穴をくぐると、今に変化を与えてくれるどこかへ連れてってくれる。どこでもドアじゃなくて、どこかトンネル。
なんかモラトリアムの特権みたいな(てかみんなもういい大人だよね、出てくる人たち)割とベタな内容なんだけども、曲のテンポと映像の色彩が絡み合って、なんだかキュンとくる。紙ヒコーキの場面でいつも泣きそうになります。
「うつくしいメロディって、ありだよね」
友人の写真家Kくんのことば。彼はとてもうつくしいメロディを紡ぎ出す。写真で。
わたしは意図的にうつくしいメロディつくるのって得意じゃなくて。
大体はうつくしいというより、あんまりスマートじゃなくて、人を警戒させがちで、そして往々にして重い。私自身はその中に美しさを見ているんだけど、かたちにするとそうはいかなくなる。
だからふわっとしててきらきらしてるものを意識的につくり出せることに憧れます。
だけどたまに、思い詰めてひとつのことに身を捧げた結果、周りがそれをうつくしいと言ってくれることがある。それってなんかぐっとくるものがあります、とか言ってもらえたりする。
ていうか前にも同じようなこと書いた気がするなぁ。
動画の話に戻ろう。
わたしは最近もうパーリィとかしなくなったけど、”真剣に遊ぶ”ことってとても大事だなぁと思います。
またみんなで自分たちを体現したお正月飾りについて議論して徹夜で作ったり、マニ車で凧をあげてお経読んだりしたいなぁ。(←意味不明かもしれませんが気にしないでね)
Letting Up Despite Great Faultsの「Our Younger Noise」。
お互いの手を(彼女が勝手に)紐で結んで気ままにはしゃぎまわって、みんなで紙ヒコーキの投げ合いして、パーリィー会場では彼氏はふてくされてて、みんなでトイレットペーパーの投げ合いして、目が覚めたら夢だった。彼女はいない。でも、腕に結ばれた紐は残ってる。
脈絡のないそれぞれの場面をつなぐのは不思議なトンネル。テーブルとそれを覆うものさえあれば即席でできちゃうこの穴をくぐると、今に変化を与えてくれるどこかへ連れてってくれる。どこでもドアじゃなくて、どこかトンネル。
なんかモラトリアムの特権みたいな(てかみんなもういい大人だよね、出てくる人たち)割とベタな内容なんだけども、曲のテンポと映像の色彩が絡み合って、なんだかキュンとくる。紙ヒコーキの場面でいつも泣きそうになります。
「うつくしいメロディって、ありだよね」
友人の写真家Kくんのことば。彼はとてもうつくしいメロディを紡ぎ出す。写真で。
わたしは意図的にうつくしいメロディつくるのって得意じゃなくて。
大体はうつくしいというより、あんまりスマートじゃなくて、人を警戒させがちで、そして往々にして重い。私自身はその中に美しさを見ているんだけど、かたちにするとそうはいかなくなる。
だからふわっとしててきらきらしてるものを意識的につくり出せることに憧れます。
だけどたまに、思い詰めてひとつのことに身を捧げた結果、周りがそれをうつくしいと言ってくれることがある。それってなんかぐっとくるものがあります、とか言ってもらえたりする。
ていうか前にも同じようなこと書いた気がするなぁ。
動画の話に戻ろう。
わたしは最近もうパーリィとかしなくなったけど、”真剣に遊ぶ”ことってとても大事だなぁと思います。
またみんなで自分たちを体現したお正月飾りについて議論して徹夜で作ったり、マニ車で凧をあげてお経読んだりしたいなぁ。(←意味不明かもしれませんが気にしないでね)