小学校の一時期、日曜学校に通っていた。そこでバイブルに記された物語を聴いて、イスラエルはイエス様の生まれたところ、というイメージを持った。そのころ、親がかけているラジオのニュースで、イスラエルをパレスチナゲリラが攻撃したとか言っている。そうかパレスチナは悪いんだ、とその時は思った。
私が大学生だった1991年、湾岸戦争が起きた。戦争の原因は前年のイラク軍によるクウェート侵攻だ。これをやめさせるにはイラクへの武力攻撃しかない、とアメリカ合衆国の指導者が言って、そうして戦争になったのだが、武力攻撃が唯一の解決策なのか、と疑問に思って学内で反戦ビラを撒いたり街の反戦デモに出たりした。
その時期、反戦集会に出たりしたなかで、中東の非イスラム国家であり、パレスチナ人を抑圧しているイスラエルのことを知った。イスラエルというと白人社会というイメージをその当時迄私は持っていたが、黒人やアラブ系のイスラエル国民もいてそういう人たちは社会の下層部にいるという。イスラエル人の共通項はユダヤ教を信仰していることだ。イスラエルの公用語であるヘブライ語は『旧約聖書』で用いられている言語だが、イスラエル建国当時これを話す人はいなかったという。
「ナチスによるユダヤ人虐殺は捏造である。」
そういう論文を掲載した雑誌があっけなく廃刊になる、という事件が1995年に起きた。論文の執筆者は、イスラエルによるパレスチナ人抑圧に憤ってユダヤ人に関する歴史の見直しをしているという。ちょっと待ってくれ、ナチスのホロコーストの被害者はユダヤ人で、パレスチナ人を抑圧しているのもユダヤ人だ。しかしそれがホロコーストを否定する理由であってはならない。民族で一括りにするな、と思った。
「ナチスにひどい目にあわされた人たちがなぜパレスチナ人にひどいことをするのですか?」
と問う人がいる。私もイスラエルはナチスの収容所で生き延びた人たちがつくった国だと思っていた時期があった。
だが、ナチスが出現するずっと前の20世紀初頭から、『旧約聖書』の約束の地の記述を信じるシオニストと名乗るユダヤ人たちが中東のパレスチナの地に入植を始めた。彼らがイスラエルの軍や行政組織の基礎をつくった。
ナチスが滅亡し、第二次世界大戦が終わったとき、収容所で生き延びたユダヤ人たちに帰る場所はなかった。イスラエルに移住した彼らをシオニストたちは臆病者として扱った。ホロコーストが歴史的事実としてイスラエル国民に共有されるようになったのは1960年にユダヤ人絶滅作戦の責任者だったアドルフ・アイヒマンが逮捕され、彼を人道上の罪で裁く法廷で生存者たちが証言してからである。
では20世紀初頭、なぜシオニストたちは「約束の地」を目指したのか?そもそも彼らが自分の生まれ育った場所で当たり前に暮らせていれば、「約束の地」には関心を持たなかったのではないか?ユダヤ人差別はイエス・キリストがこの世にいた時代、いやそれよりも前から続いているのだ。
イスラエル、ユダヤ人、中東、そこには簡単に善悪で二分できない問題が横たわる。
しかし、ハマスに対する報復から逃げ惑うガザ地区のパレスチナ人に罪はない。
イスラエルは直ちに報復をやめよ!