ある先生から、放課後の数学指導を頼まれた。


当然、喜んでOK!!!


放課後指導の時に、ずっと教えていた落ち着きのないY。


とにかく集中力がないので、ATやTTなどでマンツーマン指導が必要なことがよく分かった。


しかし、もっと驚くべきは担任の先生が常に付きっ切りで指導をしている点である。


しつこく、下校時刻までやっているらしい。


事務的な仕事も忙しいだろうが、それでも最後まで子どものために指導を行っている。


本当に大切なことだ。


子どもの将来の姿を考えていないと不可能だろう・・・。


このような教師となっていかなければならない。


教採などで最後まで寄り添うと言ってきたが、その姿がここにあった。




どの生徒を見ていても必ず言えることは、教師と生徒という上下関係では本当の気持ちは聞けないということである。

叱られている場面でよく見ることができるが、積極的に関わってきてくれている生徒は思い切って言いたいことを言うこともあると思う。

しかし、多くの場合は圧倒されてしまって言いなりになるしかないように見えた。

それは生徒にとっては納得ではなく、強制である。

生徒の立場で考えたとき、同じ人間であるのだからあくまで対等な関係で話し合い納得できることが必要だと考える。

しかし、教師の立場で考えたとき、教師は生徒を教育しなければならない。社会に出るときに苦労しないようにしたい。

このような想いが出るので、やはり強制させるような言葉になってしまうと考える。


また、教師は生徒に上下の関係を分からせなければならないとも聞いた。

なめられては指導ができないと。

それは、どうなのだろうかとずっと考えていた。

教師の立場では、将来的に社会では同じ場面が数多くあることを考えているのかもしれない。

逆に教師にとってのまとまったクラスを作るために行うのかもしれない。

または、不良と呼ばれる生徒を出さないために行うのかもしれない。

私はすべて間違っていると考える。

社会のことを考えたときは、上下関係などが嫌だったら辞めることができる。

逃げ道や選択する権利が存在する。

学校と状況が違うのに先生が偉そうにしていいわけがない。

残りの2つは力が無いだけではないだろうか。

教室では民主的に話し合って進めていかなければならないのではないだろうか

それこそがこれからの社会で必要な力になると考える。

反抗期など子どもを理解するには難しい時期ではあるが、それを理由に学校という空間だけ軍隊のようになってはならない。

教える人を『教師』という。


つまり、教える師匠。


これには師匠と弟子という上下関係が存在する。


教員。


これは単に教育公務員の略だろう。


講義をやるだけなら教師で十分だと考える。


しかし、問題解決をする。


子どもの多様な考えを練り合わせ、練り上げて解決をする。


つまり、授業が作り上げられる。


共に高めあっていく生徒たちの中に教員も入らなければならない。



高める部分は違うかもしれないが、教員自身も高めなければならないことに変わりはない。


子どもにはない何かをまれた先生が人輩として、子どもたちに何かの影響を与える。


先生は忘れてしまった何かを、子どもたちから得る。


先生ではあるが、教師ではない。


所詮、人生の先輩でしかない。


教師の威厳や上下関係を分からせる。


なめられるな!


んなもんは、クソ食らえ。


教師は授業で勝負!と、よく言う。


授業ができる先生は尊敬され、対等な関係が築けるはず。


同じ人間なのだから、対等な関係が築かれていなければならない。


反抗期や縦社会の構造など様々な障害はあるが、決して理想を忘れてはならない。


生徒に寄り添っていく姿勢の大切さを改めて感じた。



問題解決。チューリップ赤

練り上げ。チューリップピンク

助教法。しょぼん

講義。ドクロ

どれになるかは紙一重。

ケド、自分の中で目指したいもの、上2つ。

新しいことも必要だから知りたい。

必要だから学習しようと思えるような課題提示。

問題を解決するために新しい手段を皆で創りだそうとする過程を作りたい。

『分かった!』っていうコトバ!星

これは個人追究で悩み通した結果、得られたコトバ。晴れ

絶対に聞き逃してはいけないコトバ。雷


そうやって、どれだけのコトバを拾ってあげられるか・・・。