どの生徒を見ていても必ず言えることは、教師と生徒という上下関係では本当の気持ちは聞けないということである。
叱られている場面でよく見ることができるが、積極的に関わってきてくれている生徒は思い切って言いたいことを言うこともあると思う。
しかし、多くの場合は圧倒されてしまって言いなりになるしかないように見えた。
それは生徒にとっては納得ではなく、強制である。
生徒の立場で考えたとき、同じ人間であるのだからあくまで対等な関係で話し合い納得できることが必要だと考える。
しかし、教師の立場で考えたとき、教師は生徒を教育しなければならない。社会に出るときに苦労しないようにしたい。
このような想いが出るので、やはり強制させるような言葉になってしまうと考える。
また、教師は生徒に上下の関係を分からせなければならないとも聞いた。
なめられては指導ができないと。
それは、どうなのだろうかとずっと考えていた。
教師の立場では、将来的に社会では同じ場面が数多くあることを考えているのかもしれない。
逆に教師にとってのまとまったクラスを作るために行うのかもしれない。
または、不良と呼ばれる生徒を出さないために行うのかもしれない。
私はすべて間違っていると考える。
社会のことを考えたときは、上下関係などが嫌だったら辞めることができる。
逃げ道や選択する権利が存在する。
学校と状況が違うのに先生が偉そうにしていいわけがない。
残りの2つは力が無いだけではないだろうか。
教室では民主的に話し合って進めていかなければならないのではないだろうか。
それこそがこれからの社会で必要な力になると考える。
反抗期など子どもを理解するには難しい時期ではあるが、それを理由に学校という空間だけ軍隊のようになってはならない。