…昨日は、勢い余ったかどうか知らないけど本音が出た気がするし、その本音が皆の本音と通じていたり、迷惑よりプラスが多かった。みんな自分を抑えて人の心を推し量って配慮?流行りの忖度するけれど、それって案外的を外れてること多いかもな~むしろ希望を示した方が物事が進むな~と…
正直に自分を出し合うとその方が落とし処が見つかるもんだ。思いが違ってもさほど不愉快さも無い。逆に本音を隠して気を使い合ってると誰がどういう立場でどんな考えなのか分からないまま混迷が続き皆の犠牲者意識も深まるだけ…希望を出すって大事だ。その上でそれが叶うかどうかは別にしても。
かといって自己都合ばかりゴリ押ししても迷惑千万だから、譲れる部分も匂わせたりオープンな表現を工夫するのがコミュニケーション技術や洗練か…軸がコロコロ変わっても迷惑。一番厄介なのは自分の考えで無い誰かの為の代弁のつもりで強硬策を述べ引っ込めないこと…これは融通が効かない。
誰かの代弁って変えようがなかったりするよね…さらに代弁したつもりが大きくズレてることも…アナタの為って誰の為?と改めて考える。しかし日本人って言わなくても気付いて貰って配慮して貰うことに慣れきってるからなぁ~上手くいってる時はありがたいものだし…文化というか…
私は空気読むの苦手だし気は利かないけど基本お節介なので、見ていられない気がして勝手に動いちゃうことも結構あって…それも裏目に出ると感じること増えてきて、良くないなって思うこの頃。裏目に出れば自分も消耗するし、善かれと思って…の裏に感謝されたい自分もいるからね~
観察して待つ…見守りながら待つ…声をかけつつ動かず待つ…ということをもっと鍛えないと。つい自分が動いちゃうからね。事が起きてから動いたら遅いと分かっていても、人に経験を積んでもらうには失敗も含めて待つしかない。恥かきたくない嫌われたくない自分との戦い(苦笑)…
失敗したら人生が終わるという恐怖との戦いでもあるかな~?本当の意味で自信がないと待てないものかもしれない…
ま、なんにしても本音が出るのは学びになるし、そこにこちらへの批判が無ければ気持ちいいものですよ…