昨夜は朝5時半ごろ眠った。


寝る前にお腹が空いて、


小さめのカップラーメン(横浜家系)と


ヴィーガンのクッキーを大量に食べた。


ものすごい胃痛と腹痛、頭痛で


うなりながら眠っていた。



やっぱり食べてすぐ眠ったのがまずかったか。


貧血を起こしそうな、いや起きている。



でも今日は洗濯をしたい。


こんな曇りの天気だが、


潔癖症なので、シーツと薄掛けを洗いたいのだ。



ろくに広くもない部屋だが、除湿機は二台ある。


それに扇風機を足せば数時間で臭いなく乾く。



ミニマリストの方のブログを見て、


だいぶ前にバスタオルはやめた。


今はフェイスタオルがバスタオルだ。


一人暮らしなのでたいした枚数にならず、


乾くのが早くてオススメである。


なんかこの話をしていたら、


入院中に隔離室に閉じ込められた時の


不快な記憶がよみがえってしまった。


……ストレスケア病棟に入院した時のこと……


私は某病院のストレスケア病棟に2回入院している。

気分障害の人のみのフロアでほぼ無音、


全て個室、個室料は無料


設備は綺麗だった。



入院中、しばらくしたら薬が自己管理になった。


退院が迫ったある日、私はODをした。


1週間分しか預けられていないので


飲んだ量は大した量ではない。



でも、その時の私には、


眠れなくてしんどくて不安で


飲むしかなかった。


その後、他フロアの奥にある隔離室に閉じ込められた。



ストレスケア病棟の看護師さんは、


話を聞いてくれ、


とても丁寧な対応をしてくれたが、

隔離室のあるフロアでは、


金切り声で、質問を怒りできりかえす


昔ながらの?看護師がいた。


とにかく忙しいのか、


患者を下に見ているのと、


仕事が雑なのである。



看護師にバスタオルが見つからないと言われて


お風呂に入れなかった。


開放病棟にいた時は


毎日シャワーを浴びていたのに。



どうせきっとここは、


週2回程度しか入浴を実施していないだろう。


曜日の関係で入れなかっただけだったのだろうか。



でもその後、タオルも見つからないと言われ、


顔も拭けなかった。



さらに許せなかったのが


隔離室内に、


トイレと洗面台がついているのに、


ドアの鍵をかけられたままで、


私がどんな人か分からないから…


という理由でカメラ付きの部屋で


ポータブルトイレを使わされたことである。



当直以外の医者は、土日は休みである。


隔離室は、私が入院していた病院では、


土曜日は主治医以外の当直医師が見回りに来る。


日曜日は医師は誰も見回りに来ない。



金曜日に入室して、


土曜日に来た女医にトイレの鍵を開けるよう頼んだが、


主治医がいないとのことで、


平たく言えば、


自由を増やすことができないとのことだった。



仕方ないので、


誰かの歯型がついたプラスチックの水筒に入った


飲み水(水道水)をポータブルトイレに流し、


手を水洗いした。


シャワーも浴びれないため、


トイレットペーパーを濡らして


体を部分的にふいた。



隔離室には私物を一切持ち込めないので、


着替えもできなかった。


あんな環境にいたら、


健康な人でも頭がおかしくなってしまう。



月曜日に主治医が来たとき


泣きながら訴えたが、


俺様ナルシスト主治医は黙っていただけだった。



怒りのまま主治医に近づき、


カメラの下でポータブルトイレを使用することが


どれほど人として屈辱的なことか、



性的なトラウマがある私の話を


あなたはこれまでどのように聞いてきたのか、


あなたも一度、


ここでポータブルトイレを使用してみるが良いと告げた。



私が主治医に近づいた瞬間、


主治医は何故か高くジャンプをして


体をに2回転させた。


まるでフィギュアスケーターである。


ずんずん彼に近づいていった私が


彼の体に抱きつくと思ったようである。



患者に好かれているのか、


怒りを持って嫌われているのかさえ


感情を想像ができない、共感のない、


医師とも呼びたくない研修医だったのだ。



ちょうど年末の最後の日で、


病院中がドタバタな中、


主治医は「もうあなたにできることがありません」


と言った。


でしょうね。


こんな人間の下から1秒でも早くきえさりたかった。


では帰りますと伝え、


部屋から出てついていくと


事前の予告なく、高齢の両親が呼ばれていた。


そこで「本人の希望」で


退院することになったと告げられた。


何も治らない、むしろ入院前より悪化した入院であった。



良かったのは、


栄養士さんに冷凍野菜の存在を教えてもらった事と、


薬剤師さんと薬についてじっくりと話せたことである。


俺様ナルシスト研修医は、


その後、その病院の正職員の医師になったようだ。


確かに精神保健指定医のレポートを仕上げるには、


様々な症例が見られるその病院は的確であろう。



私は、医師に出会うときにその人の出身大学や、


どんな論文を書いてきた医師かを


ストーカーよろしく、ネットで検索する癖がある。



自分の好きなスポーツを強豪の中高大学で満喫し、


その後医学部に入り、


望んだ病院に就職ができる。


高身長で、本人がナルシストになる位の容貌である。


そして自分のために努力する才能も有している。



私の主治医への怒りは、


颯爽と白衣を着てフルで働く


彼への嫉妬にも由来しているのかもしれない。



片や私は、


人生をかけてきた福祉の仕事すら失ってしまった。


そしてこんな病気にかかり、


独房に閉じ込められている。



入院中は最も不調だから入院をしている。


初日の発言から、


その俺様ナルシスト主治医に腹が立ち、


私はそのことに対する不快感の倍返しをしたので、


きっと最後に仕返しをされたのかもしれない。



今思い出しても許せない。


屈辱にまみれた、辛い記憶を増やしてしまった。



入院しても体調は何も変わらなかった。


そして今日も自由にならない体を抱え、


ベッドの上で横になっている。。



世の中の一人あたりの幸福の量は平等ではない。


ひとつかみの人間に対しては、


天は二物を与えるのだ。



今日は1日何も食べないで、胃腸を休めよう。