透明ということは、向こうが透けて見えるというもの。
白い陶器のような肌で日の当たる屋上で彼女は涼しげに文庫本を開いていた。
僕はそれを見上げて、手元にある手摺の冷たさをもてあそぶ。そうしていたら彼女がこちらを見るような気がして、手持無沙汰みたいに繰り返す。
風が吹いて、彼女の手元のページにいたずらを仕掛ける。そして彼女は、同じく風に玩ばれた髪を無造作に掻き回して手櫛で撫でた。
僕の前髪は一筋として揺れないのに、彼女の制服のすそが思い切りはためいていた。
風がコンクリの壁と床を擦って音を立てる。
白昼夢。
握った手摺からさっきまでの冷たさが滑り落ちて、日差しが僕の手に刺さり指の間を抉った。手首が感覚を思い出したようで、日焼けする。這い上がっていく熱の刺さり加減。
皮膚が捻じれていくよう。
それなのに、そんな太陽の下にいるのに彼女は眩しい顔もせず涼しげにページを捲る。捲られる本の揺れに合わせたかのように、制服の夏服シャツの白い袖が二の腕に擦れた。
臙脂色のリボンタイ。
紺色の、スカート。
日焼けを始めた僕の腕が、細胞の細かさでてらてらと光り、彼女のシャツのボタンの微かな反射とシンクロしたのを見た。
周りは静かで人の気配もなくチャイムも聞こえず、もしかしたら校庭の向こうで誰かが零した水が地面で蒸気になる音すら聞こえ兼ねないほどの静けさ。
聴覚感度だけがオフになったみたい。
なのに、彼女のシャツの衣擦れと、捲られる本の紙擦れは僕の耳元で不規則に囁く。どこかで鏡に反射する日中光。
酷く不純物の少ない空気が口から入ってのどを押し広げた。コンクリの床に張り付けたままの足の裏で感じる熱気は妙に遠い。熱気を、思考が作り出して足の裏で再現しているみたい。
彼女の手元を思った。
白のページと細い黒の直線と曲線。文字があるはずのそこに、僕が思ったのはピアノの鍵盤だった。彼女は奏でるように本を読む。
目で文字列を追うのと並行して、文庫本を広げ抑える親指で文章の一部に触れる。思考に触れるのとは別のルートで、物語は彼女に染みていく。
貯水タンクの青緑とブックカバーのエメラルドグリーンが、日差しに霞んで全く同じ色になって僕に届く。
僕が色褪せてしまいそうで首を振った。
彼女が胸を膨らませて息をする。微かに開く口元。上下する、リボンタイの垂れ下がった末端。
僕は水が飲みたくなって、手摺から手を放そうとして汗が伝うのに気付いた。
鉄素材と僕の手のひらの間に空気が入り込んで気化する水分とともに熱が飛んでいく。
そう、水が飲みたくなった。
見上げていた彼女の袖口だか耳元だかで反射した金属製の光。
眩しくて瞬いて視線を落としたら足元に汗をかいた瓶があった。
透明な水。
持ち上げると案の定つめたい。
ふたを捩って開けると、蜃気楼が見えそうだった。
ひとくち、含む。
氷の温度が喉を滑り、体温が下がる。
暑さに強張っていた身体が緩んで、首がゆれた。
首の後ろで、蝶が羽ばたくような微細な感覚。背中が開いて、ほぐれていく。
そういえば僕は君だった。