アニョハセヨみなさん2回生のさとうです

イスンシンカップ、レース二日目です
前日の夜まで明日もっと風強いかも〜どうかなぁという感じだったのですが朝ごはん(ホテル最上階)会場から見る海は
(思ったより大丈夫そう....?)という感じでした ひとまず安心
朝ごはんを7時ごろに済ませ8時にホテルを出発!!!

 

いざレース!!

まず一レース目!
8ktぐらいの風でしょうか、チームの目標がSAFETYの我々は集団の左側からスタート
1レグ目はスタートからそのままスタボで伸ばし、カミにいる仰秀がタックしたのちにタック、そのままレイラインまで行ってタック、上マークで回航します

回航後我々のプロテストにより東大にペナルティー、その場で解消したためロシアの次に神戸大が続きます。
2レグ目はロシアがジャイブ後すぐにジャイブ、そのまま下マークを回航。
3レグ目4レグ目は順位落とさずロシアの後ろを走り続け4レグ目はスタボを選択しロシアの真後ろを走り続け2位でゴール!ゴール後ロシアチームのヘルムスマンに『Good Job!』と声をかけられました 余裕すぎる 満面の笑みだし4レグ中もずっとこっち見てニコニコしていました

このイスンシンカップ、ロシア人チームの強者の風格が半端ではなくときめきがとまりません 60ぐらいのサンタみたいなおじさんがウインクしちゃう しかしそれが似合う
藤井さん「カッコえぇなぁ....俺もああなりたい....」

 

二レース目
このレースも一レース目同様にSAFETYなスタートを決め1レグ目はスタボで伸ばし上マークが近づいてきたところでタック、ポートで走って右側からスタボで走ってきたロシア、東大の前をきれそうになかったためタック、ツータック決めてカミマークを回航!
下マーク回航はロシア、東大、神戸大と続きますがロシアが東大の前でうまく回航し東大は下マークには入れず、その二艇を避け下側から下マークに入った神戸大チームが東大を抜かしロシアに続きます
ロシアがゆっくり上していたためバウアップバウアップと叫ぶとめっちゃニコニコしながらOKOKラダーちゃんと動かしてるよとジェスチャーをしながら上してくれました 優しい.....神戸大びいきなロシア人好きだ
3レグ目は韓国チームが伸ばしてきてかなり近くまで来られましたが譲らず上マーク回航

回航後風をしっかり捕まえ後ろに何チームかいたものの2位でゴールすることができました

三レース目
いいスタートを切り、周りに船がおらず左伸ばしてからレグ三分の一ほどでタック、比較的自由なコース選択ができました。
2レグ目全艇のルーズカバーをしながら走り一位で下マークを回航
3レグ目 周りの船がタックを返してからタックをします
上マーク回航後に風が落ちボートスピードも落ち、後ろから来た船との距離がどんどん縮まっていきます。
4レグ目
風が落ちたためのぼり走りツイカーが入っていたのをとばし、そこからいい風が入ったものの、後ろを走っていたロシア、東大に追いつかれ、3位でフィニッシュ。非常に悔しいレースでした。

風がふれたり、風が落ちたりでAP旗が上がりなかなかレースが始まりません。
その間にお腹が減ったので魚肉ソーセージを食べたり


写真を撮ったり


すっかりロシアファンになってしまいロシアどこいったんだろうと周りを見たり(上マーク付近にいた)
ささやかな休息の後に
 

四レース目!!
スタート直前に微風になりますが1,2レグ目はなんとか走り切ります。
下マーク回航の後右側の海面を選択した我々は3レグ目からが大変で、風がさらに落ち、左にふれ(多分ブローも左から入っていた)左海面を選択した艇に追い抜かされ苦しい展開泊まります。さらに10隻以上からなる漁船団が目の前を通り、波により失速。タックを返すたびに風がふれ、高さを稼ぐことができないというストレスてんこ盛りのレグとなります。
最終的に5位でエントリーしたものの、

結局UFD

......やってもうた(−_−;)

この日のレースは風が落ちたためこのまま終了しました

UFDとなったレースの順位が上位の方でなかったのが不幸中の幸いでした

 

レース後はココアやお菓子を食べてからホテルに戻ると

アワンちゃん(てぃすさんが仲良くなった女の子)が統営まで会いにきてくれて
カムジャタンに連れて行ってくれました
カムジャタンうますぎ
個人的韓国ベストフードです


鍋の〆 

 

ご飯の後は観光スポットの橋まで連れて行ってくれました✨

うおお!!綺麗!!

ここからチキン屋さんへ🐓

韓国の人たちとたくさんおしゃべりできました♪みんなアニメに詳しくてびっくり
帰る頃は土砂降りでしたがタクシーを呼んでいただきホテルに到着!

レースではロシア人がイケ散らかしているのにときめき、レース後は韓国人のホスピタリティにときめき、ときめきDAYでした

つづく