ネガティブリスト | 数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感

ネガティブリスト

海上自衛隊が海賊対処のために派遣されようとしています。
海上警備行動での派遣には諸処の問題があることは、以前の記事「海自によるソマリア海賊対策の根拠と限界 」でも書いた通りですが、派遣の途中から根拠が海賊処罰取締法に切り替えられる見込みで、この点は改善がなされる方向で固まっています。

新聞などでも問題視されている武器使用の基準、部隊行動基準(ROE)も、海賊処罰取締法への根拠移行とともに、より部隊が動きやすいものになるでしょう。
しかし、それでも残る懸念があります。

それは、上記の基準がネガティブリストで記述されるか否かです。
ネガティブリストとは、「○○をしてはならない。」と否定形式で書かれるもので、その逆は「○○をする。」あるいは「○○をして良い。」と肯定形式で書くポジティブリストとなります。

部隊行動基準などは公開されていないため、詳細は書けませんが、石破元防衛庁長官(当時)も著書の中で書いている通り、自衛隊法を始め、自衛隊の規則類は全てポジティブリストで書かれています。
その理由は、防衛省に限らず、各省庁の権限を発生させる行政法の全てがが、ポジティブリストで書かれるためです。
(お役所は規定された事以外を行うと違法行為となるため、これが、管轄外を理由に仕事をしないという、お役所仕事のお役所仕事たる所以となっています)

自衛隊の各種規則類は、全てその上位規則を根拠としています。
それは、上位規則がポジティブリストにとして、「可能」と規定している物について、その細部を規定する物が下位規則だからです。そのため、下位規則もまたポジティブリストになってしまいます。
自衛隊法や防衛省設置法は行政法ですから、それを根拠とする自衛隊の各種規則も、また同じようにポジティブリストとなってしまう訳です。
私も現役自衛官の頃、新たな試みや規則を作ろうとすると「根拠はなんだ!」、「根拠(文書)を示せ」と、耳タコなほど言われました。

このように、自衛隊の規則類がポジティブリストとなっているのは、それなりに理由のあることではあります。
ですが、派遣される海自の行動を規制する部隊行動基準などが、ポジティブリストのままでは危険です。

良く言われる事は、ポジティブリストでは、判断が難しく、一瞬の躊躇が危険につながると言うものですが、部隊行動基準などに触れたことがない人には分かり難い話でしょう。

うまく説明することは難しいですが、若干説明を加えてみます。
ポジティブリストでは、行っても良い事(場合)、つまり白だけが規定されるため、グレーは基本的に黒、行ってはいけない事(場合)と判断すべき物となります。つまり、白ではない可能性のある場合は、黒なのです。これは、非常な心理的負荷になります。

また、部隊行動基準などを作成する上では、グレーをなくそうとすると、網羅的に書かなければならなくなり、条文がどんどん増えてしまう結果となります。
現役時代に参加したある演習において、想定として出された部隊行動基準を見て絶句した事を覚えています。
それは、あらゆるケースに適合できるように統裁部(演習をコントロールする指導側のこと)が苦労した賜物だったのですが、私の感想は、「こんなもの、幹部だって全てを覚えきれない」というものでした。
また、項目が増えることによって、前述の心理的負荷も増える結果となります。

山のような項目数の部隊行動基準等が出されたとしても、CICで艦長を始めとした幹部が判断する場合はまだ良いでしょう。
ですが、今回の海賊対処では、特別警備隊が海賊船内に入って臨検することも考えられています。彼らに長大で複雑な基準を暗記させ、それによって咄嗟の判断を要求するとすれば、それは中央がすべき苦労を、現場に押し付けていることに他なりません。

前述したように、部隊行動基準などを、旧弊を排して、ネガティブリストとして作ることには、相当な困難(内閣法制局など関係者の納得)があるでしょう。
ですが、これなしに海自を送り出したとしたら、隊員が背広組に殺されることにもなりかねません。