太宰治の作品がかなり好きで、それは共感なんてものじゃなく、
「この主人公は私だ」と思わされる。ただただ文章が肌に合う。
ろくでなしの男のことを淡々と心から愛している主人公が健気に生きていく話だ。
「妻」とタイトルにあるから、
ろくでもない男の、ろくでなしなりに唯一心に決めた女の話かと思ったら、籍を入れていないと。
妻ですらない、ろくでなしの数いる女の中の一人にフォーカスした話だった。
この話の中でかなり心に刺さったのは、善意で泊めてやった男に明け方襲われたシーンだ。
そうして、その翌る日のあけがた、私は、あっけなくその男の手に入れられました。
淡々と語られ、日々も淡々とすぎてゆく。ただ確実に傷ついた彼女は感傷的になっていて、
けれどあまり何も考えたくなくて語彙力が少なくなっているのがリアルに感じた。
コップに午前の陽の光が当って、きれいだと思いました。
泣いてしまった。
私にも同じような経験があったから。
どうして
心の動きがこんなに的確に表現できるのだろう。
「なんでもないこと。よくあること。事故みたいなもの。」ということを
自分に言い聞かせるために何も考えない。
そんなことを心の中で唱えようものなら……何かあったに違いないから。
太宰治の作品を読むと、毎回ひどく傷つくことになる。本気で鬱になる。
だけど救われたような気もして、次に手を伸ばす。
くるしい。