雪の朝 (1976.4.5 長崎市民会館 グレープ解散ライブ収録)
さんざか「ジブンのギターのルーツはGAROだ」
と事あるごとに語っていたけれど、
最初にまるまるコピーしたギターソロはこれだった。
高校に進学して、まず探したのは部活動だった。
入学の事前手続きのときだった。
新設校だったので、まだプレハブ校舎も残っていて、
そこの一角から、アコギの音が聴こえてきた。
「す、すみません。はいってもいいですか?」
「お?こんど来るヤツかぁ?」
こんな感じの会話だったと思うが、
先輩のギターは、当時なかなか手の出ないYAMAKIだった。
「今まではなにを聴いていたんだ?」
「が、GAROです。」
きっと、学生街の喫茶店とか君の誕生日という
そんなありきたりの曲名が出るかと思っていた。
が、しかし。。。
「ふぅ~ん。じゃ、たんぽぽとか弾けるか?」
これには驚いた。
初期GAROの名曲に数えられているこの曲。
それがすらっと出てきたのだ。
「(この先輩、やるな)はい。弾けます」
「やってみ」
YAMAKIのギターを惜しげもなく差し出す先輩。
中学校の文化祭、全校生徒の前で弾いても緊張しなかったのに、
この時ばかりは、めっちゃ緊張した。
「~♪・・・♫」
「へぇ、それくらい弾けるんなら。。。」
そのあと、どんな会話をしたのかは記憶にない。
ただ、入部が決まった瞬間だったのは確かだ。
入部してしばらくは、同期の仲間とわちゃわちゃ鳴らしてた。
ある日、その先輩(部長)に呼ばれた。
「あのな、今年の文化祭なんだけど、オマエ、俺と演んない?」
「へ?先輩とですか?いいんですか??」
そのとき、その先輩はほかの先輩と組んでいて、
さらにその相方の先輩はやたらと上手くて、
ジブンの出る幕などどこにもなかったからだ。
「ダメ?いやなら無理しなくっていいけどさ」
「いい、いえ!演ります。演らせてください!」
そこで出されたお題が、グレープだったのだ。
ところが、それまでのジブンといえば、
コピーらしいコピーなど興味はなく、
「それらしく」鳴らしてお茶を濁していた始末。
けれど、今度はそうもいかない。
なにしろ、相手は先輩なのだ。
二人で練習していた時、
他の先輩から声をかけられた。
「あのさ、俺ともいっしょに演んない?」
「あ?え?」
「あいつからはもうOK出てっからさ」
当然断れる余地はなく、2ユニット掛け持ちになった。
何曲演ったのかは覚えていない。
当時は上手くできた感触もなく、
もうただがむしゃらに耳コピーして、
ひたすら弾きまくった。
文化祭当日。
少しやんちゃな先輩も混じった客席は、
大盛り上がり大会で、
この日をきっかけにジブンの周りの空気感が変わった。
この頃は、ホントに微妙な時代で、
教室でギターなんぞ弾くと、
ナマイキだ!などと言われて、
時には痛い目に合うケースもちょいちょい見かけた。
ジブンはいつも紙一重だったけれど、
この時の先輩方との共演のおかげで一目置かれ、
安泰の学園生活を過ごせたのだった。
ちなみにグレープというと、まずはさだまさしさんなのだが、
ジブンにとっては、ギターの吉田正美(現:政美)さんだ。
今も、アコギでソロを弾くとこの時のフレーズが、
ごくごく自然に混ざっている(笑)
いやもうホント。
頭が上がりませんて。
('ω')ノ