8月31日に思う | kunonのブログ

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多発性骨髄腫と診断された旦那(56歳)の治療の記録として始めたブログ。
音楽を生業にしたい息子(26歳)、元不登校の大学生の娘(19歳)がいます。
わたくしはパート、フラ、ジム通い、韓流ドラマが最近のルーテイーン(55歳)

本日はエッセイ風で書いてみるです!

2年くらい前から、うちは新聞を電子版にしている。

お恥ずかしい話だが、まともに新聞を読むのは夫だけたったので…

チラシが入ることもなくなり、近所のスーパーの特売や、お店のオープン情報には疎くなったけれど、それらの紙を束ねて捨てる労力が減り、秘かに快適である。

たが、年に数回、どうしても新聞紙が必要!!という場面に出くわすことがある。

例えば、子供の宿題の書道に取り組む時。

割れたコップを包む時。

汚れ作業を室内で行う時。

そんな時のために、実家から新聞紙をもらいストックしておく。



今日も、ペットのヒメウズラのかごの掃除をするために、リビングに新聞を広げた。

テレビで、夏休み明けのこの時期にあわせ、不登校ついての特集をやっていたのだが、紙面にも同様の記事を見つけて、つい見いってしまった。

ふと日付を見ると、なんと去年の今日の日付!


不登校についての番組をやっていると、うちも他人事ではないなと、つい感情入れて見てしまう。

うちの息子は完全なる不登校にはならなかったけれど、不登校予備軍だった。

娘も毎日嫌だ嫌だといいながら、学校に通っている。

自分も、かつて学校がものすごく嫌いだった時期もあったし、不登校ではないけれど、病弱で休みがちな小学生だったので、学校を休むことについては、わりと緩い私。

それでもやっぱり、子供が学校へ行きたくない、行こうとすると頭痛、腹痛、精神的苦痛で行けない、となると、ブレにブレた。

行けないは甘え?

行かなくていいは甘やかし?

怒って叩き出してみたり。

辛いなら仕方ないと抱き締めてみたり。

不登校関連の本を読んだりネットを見たり、カウンセラーに相談したり。

そのうちうやむやに解決していったけど、とにかくしんどかった。

その点、ブレないのはパパ。

主張は一貫している。

行け!

なんとしても行かせろ!

やるべきことをやれ!

義務教育だ!

義務教育の義務は、ちょっと違うんじゃ…というのは置いといて。

昭和で体育会系の根性論、今の時代には合わないけど、それを信じて疑わないというのは、それはそれで凄いことかもしれない(私とは相容れないけど)。

いろんな意見に左右されることなく、逆に羨ましい。

私はすぐに逃げ道を与えるからいけないらしい。

それは子供がというよりも、自分が楽になるため、だそうだ。

確かにその通りかもしれない。

でも、楽をすることは悪、というのも、ひとつの価値観でしかないのかも。



去年、教育基本確保法という法律が成立したそうだ。

学校復帰を促す一辺倒だった不登校対策では、不登校児が一向に減らず、フリースクールなど学校以外の場所へ通っている子供達も現実に多数いるという背景から

「学校を休んでもよい」

「学校以外の場所(フリースクールなど)の重要性を認めた」

という、この法律。

学校に行かないことを助長するといった意見も多く、賛否両論だったようだが…

学校へ行くことが100%正解ではないと初めて法律が認めた、というのが画期的なことらしい。

これも価値観の多様性というところか。

子供の不登校問題で悩んでいる家庭にとっては、少なくとも、休むことが悪ではないと肯定され、救われると思う。



最後に、娘がラストスパートをかけてやっている「世界の国調べ新聞」のモンテネグロという国の、信じられない価値観を紹介しよう。

私にとって初耳だったモンテネグロ、東ヨーロッパの小さな国で2006年に独立した、世界で2番目に新しい国だそうだ(旧ユーゴスラビアの一部)。

この国の人々、なんと怠けることを美徳としている(o゚Д゚ノ)ノ

非公式ながら、モンテネグロの十戒なるものが存在し、書いてあることは、とにかく休みなさい、ということ…

仕事に追われるよりも、家族や友人との時間を大切にする国民性なのかも知れないが、本当にあまり働かないようだ。

ニートが万歳しそうな国である。

国が違えば文化も違うというが、ここまで日本人と真逆の考え方もあるのかと驚いた。

すっかり娘の憧れの国になった。