人間は、言葉による概念・説明により、非常に安心するという性質があります。
「新聞休刊日」という言葉があります(この言葉自体には、何の意味もないのですが)。
ある朝、自宅に新聞が届いていないことに気付いた読者が、販売店に「何で今日は新聞が届いていないんだ?」と電話をかけたとします。
そこで販売店の人が、「今日は新聞休刊日ですよ」と答えれば、「あ、そうか、今日は新聞休刊日だな」と、その読者は納得するかもしれません。
しかしよくよく考えてみれば、「新聞休刊日ですので、新聞はお休みします」というのは本来、何の説明にもなっていないわけです。
「徴兵」や「徴発」という言葉があります。
「徴兵」というのは、人間を無理やり戦争に連れて行くことをいいますが、「挑発」とは、物を無理やり他人からとることを言います。
ある軍隊が、あるビルの前に行き、そこの所有者に、「わが軍はこのビルを拠点とするので、直ちに出ていけ」と言った。「何でそんなことをするのだ」とビルの所有者が反論すれば、軍の司令官は、これは「徴発」であると回答する。
こういった説明の体系が、法律に他ならないわけです。
これは私の経験談です。言葉により規定された概念・説明がいかに、人間のストレスを減らすかという体験です。
以前、めまいをすることが時にあるというので、お医者さんに相談しました。
そのお医者さんはかかりつけの先生ですから、さまざまな過去の記録を見て、それをもとにいろいろな検査をし、問診してくださいました。
先生は私に、「どういう時にめまいがするのか?ひっくりかえるようなことがありますか?」と聞かれました。
「それはないです。たとえば、デパートや本屋に買い物に行っていて、少しクラッとする。めまいのような、足元がふらつくような感覚がある」と答えたところ、
「では、家で座って本を読んでいるようなときにめまいがしますか」と聞かれたので、
「そういえば、そういうことはまったくありませんね」と回答しました。
そしてさまざまな検査を受け、その先生が総合的に判断して説明されたのは、
「血圧の変動によるものでしょう。つまり、暑いところから急に寒いところに、あるいは冬の寒いときに暖房の良く聞いた場所に急に入ったならば、血圧が多少変動するので、めまいのような症状が起こるのではないかと思われます」
ということでした。
それまでは、めまいというのは、私の乏しい医学知識をもってしても、もしかしたら何か、脳に重大な病気があるのではないかと心配していたのですけれども、それを聞いたとき、いや、その瞬間にも、めまいがするという不安・苦しみがなくなったと言っても過言ではありませんでした。
(大切な注:以上はあくまでも私個人の体験談でありますから、医学的に内容を担保されたものではありません)。
本屋に行けば、説明のための説明の本や雑誌がたくさん出ています。
そこには、お金持ちの人はどうしてお金持ちになったのか、あるいは、成功した人はなぜ成功したのか、こういった本や記事がたくさん並んでいます。
その中には、成功する人がいつも心がけている7つの習慣とか、お金持ちが実行しているここだけの習慣とか、こういった見出しのついたものがたくさんあります。
血液型占いとか星座占いというものがあります。
あなたがこうなっているのは、こういう理由である。それは、血液型がA型だから、O型だから、あるいは、星座がいて座だから、さそり座だから、と・・・・・
このような説明がなされるわけです。
本当に、人間というのは、説明と解釈・納得がなければ不安に陥るものだと思います。
それを一切乗り越えて、人間ブッダは、いわゆる捨置(しゃち)、すなわち、形而上的な質問にあえて答えないということをした。
これは、わからなかったわけでもなく、答えることを拒否したわけでもなく、答えることが無駄なわけではなく、答えること自体が人間のひずみ、すなわち、正しい考え方・見方=正見・正思ではないと思って、答えなかったのではないのでしょうか。