戦国武将紹介004大友宗麟(大友義鎖) | kunodonのブログ

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大友宗麟は豊後(大分)のキリシタン大名ですクリスマスベル、彼はフランシスコ.ザビエルの、

「キリスト教を布教させてください」、という言葉にOKを出しました、そのほかにも今は科博にしまわれている、

大砲「国崩し」を輸入したりしましたが、妻が神社の宮司の娘だったのでキリシタンにはなりませんでした。

しかし、領地を宗麟は広げていきました。

そのころ、大内家をついだ弟の義長が、毛利元就に倒されてしまいました、

宗麟は、元就に対抗するため、もっと領地を広げました、

その後、毛利が攻めてきましたが、負けてしまいました。

宗麟は責任をかんじ、僧侶になりました、

その後、毛利と互角に戦いました、毛利の死後、息子に家督を譲り、妻と離婚し、

とうとうキリシタン大名になったのです。

その後、島津と戦いますが、負けてしまいます、その後、秀吉に出兵してもらう約束をしましたが、

城まで島津に追い込まれてしまいますが、対抗し、秀吉が来るのが間に合いました。

対抗するのがとくいなキリシタン、それが大友宗麟なのです。