■最終回|橋を架けるということ
■ここまでの道のりこれまで、言葉について考えてきました。沈黙についても、関係についても、内省についても。どれも特別な技術ではありません。けれど、どれも指導の本質に触れるものです。■指導とは何かあらためて問うと、指導とは何でしょうか。技を教えること。強くすること。勝たせること。どれも間違いではありません。しかしその奥にあるものは、もう少し静かなものです。それは、人が変わっていく過程に寄り添うこと。■見えない仕事指導の多くは、目に見えません。言葉にならないやり取り。小さな変化への気づき。そっと支える関わり。外から見れば、何も起きていないように見える時間。けれどその中で、確かに何かが育っています。■境界に立つということこのシリーズのはじめに、「境界に立つ人」という話をしました。文化と文化のあいだ。分かると分からないのあいだ。できるとできないのあいだ。指導者は、その境界に立つ存在です。どちらか一方に寄るのではなく、そのあいだに立ち続けること。そこに、指導の意味があります。■橋は見えない橋は、目に見えないことがあります。けれど、確かにそこにあります。ある子が前に出たとき。ある子がやめずに続けたとき。ある子が誰かを思いやったとき。その一歩の下には、これまで積み重ねてきた橋があります。■すぐに結果が出なくても指導をしていると、結果を求めたくなることがあります。すぐに変わってほしい。早く伸びてほしい。けれど、人の成長には時間がかかります。見えないところで積み重なり、あるとき、ふと表に出てくる。その時間を信じること。それもまた、指導の一部です。■指導者自身の成長そしてもう一つ。変わっていくのは、子どもだけではありません。指導者もまた、関わる中で変わっていきます。言葉が変わる。見方が変わる。待てるようになる。その変化の積み重ねが、指導の深さになります。■あなたの現場へここまで読んでくださったあなたは、きっと誰かと向き合う立場にいる方だと思います。特別なことをする必要はありません。完璧である必要もありません。ただ一つ、目の前の一人に、丁寧に関わること。その中で、言葉を選び、沈黙を選び、関係を育てていくこと。■最後の問い最後に、一つだけ。次の稽古で、あなたはどんな橋を架けますか。どんな一言をかけますか。どんな沈黙を選びますか。その選択が、誰かの一歩につながります。そしてその一歩が、やがて未来へとつながっていきます。■終わりに指導とは、大きなことを成し遂げる営みではありません。小さな関わりを、積み重ねていくことです。その積み重ねの中で、人は変わり、関係が育ち、新しい世界が生まれていきます。あなたの立っているその場所が、誰かにとっての橋になりますように。 🌉 via国安鉄太郎 國安鉄太郎's Ownd Your own website, Ameba Ownd