
前回までのは本来のフレスコたる湿式(アフレスコ)だった。繰り返しになるがそれは地が湿っている間に描かなければならないという大きな制約があった。そのため、画面を一日で出来る仕事量(ジョルナータ)毎に区切り、改めて濡れたモルタルを塗り同じように湿ったうちに描くという、実に面倒な繰り返しを行った。 ジョットやデラ・フランチェスカの大画面はそのようにして描かれたのである。しかし、これは流石にきつい。ジョルナータ以外の部分を削り、その繋ぎ目も隠したい。修正もしたいし、どうしても乾いた画面に描きたくなる。こうした要請に応えたのが乾式フレスコ(アセッコ)である。あるいは、湿式と乾式を併用したのもある。しかしこれらも制約がある。アセッコはアフレスコほどの堅牢さも発色もない。併用も「食いつき」具合や堅牢さにおいて後々の問題を無しとしない。しかし、創る身にしてみれば数百年先の責任まで考えてはいられまい。やりやすい技法、自分の資質や嗜好、画風にあったものが一番良い。
ともかく、フレスコ、テンペラから油彩に至るまでの、先達の素材や技法に係る苦労や試行錯誤は筆舌に尽きるほどである。市販のチューヴ絵具やキャンバスにそのまま描けるのは楽であるが、それは「素材体験」を省略したものである。先達はその素材体験どころかそれ以前の「原料体験」までしているのである。そしてその素材体験こそが造形の歴史であり、絵画芸術なのであるが、時代は「もっと楽な」手練手管の追究に走る。そういうものがテクノロジーや商業主義、メディアのポピュリズム等無価値な刹那主義、享楽趣味に飲み込まれるのは間違いない。
素材:消石灰、砂、顔料、カゼイン