次に筆者は「日展問題2」において以下の記述をした。
問題のポイントを矮小化させるべきではない。本質は「日展の、書という科の、篆刻という部門で、傘下の団体に具体的入選数を割り振り、結果傘下団体以外の入選者はゼロであった、ということの不正」に限る問題ではない。つまり、「書」以外の科でも、具体的人数の割り振りがなかったとしても(あったかもしれないが)、事実上入選者は傘下団体に属する出品者に限るとしたら、それは、「公募」を名乗ることはできず…≫
  この点についてはやはり予想通りの展開となった。以下今回表示の11月20日付朝日新聞。
 ≪日展審査員が事前指導、洋画・工芸自会派の多数入選(以上一面トップ見出し)
公募美術展「日展」の洋画と工芸美術の分野で、審査員が所属会派の作品を応募前に指導する慣行があることがわかった。開催中の2013年度日展にも事前指導を受けて入選した作品が展示されている。審査員の判断基準が身内だけに伝わり、公正な審査を妨げた可能性がある。入選数を有力会派に事前配分していた書道に続き、他の分野でも審査の不公正さが発覚した。(以上中見出し)
 日展の寺坂公雄理事長が所属し、洋画の審査員を最も多く出す「光風会」でも事前指導が半世紀近く続いてきた。同会によると、今年度は審査員長の寺坂理事長や5人の審査員を含む計7人が9月9日、約30人を選抜して指導した。1人当たり5~10分、3割から9割仕上がった作品を見てもらい、指導を踏まえて完成させ、日展に応募したという。このうち約20人が入選し、1人が特選をとった。(以上記事本文抜粋)
 筆者は先の「本邦洋画史の真実3」中で≪内覧会とか下見会、内審査とか言われるものは、出品者は自らの顔や名前の売り込み、上位の者は自らの「子分」を一人でも増やす恰好の契機となる。これが「情実選考」の温床である。≫と述べたが、この記事の趣旨はその「下見会」に関わるものである。そしてこれにより問題が「書」の分野だけではなく洋画、工芸にも及ぶことになったのである。
 「下見会」については朝日の記事でも以下のように仔細されている。≪洋画の有力会派「一水会」でも毎年9月、審査員らが所属会派の出品作を事前指導してきた。100人っ近くが集まり、それぞれ5000円を払う。…事前指導は作家の間では「下見会」と呼ばれている。今度も事前審査を受けた洋画家は「審査員に自分の作品を推してもらうため、事前に覚えてもらう」と明かす。≫続けて工芸に因み、同様の「日展研究会」なる事前措置があり、審査員には交通費や謝礼10万円を払う旨の記述がある。最後に記事は≪書道だけの問題として片づける動きもある。日展全体に蔓延る膿を出し切り、会派の属していないと入選が難しい閉鎖構造を崩さなければ、税制面などで優遇を受ける公益法人として存続する意義はない。≫と結んでいる。
 ここで改めて参考までに有力日展系傘下団体名を記す。断わっておくが、この団体に出品している人全員が日展に出品しているわけではない。日展の出品者が結果的にほとんどこの団体の出品者であるということである。そして各会派にはそれぞれ委員、会員、準会員、会友、平出品者などの階層があり、それらのうち、日展出品者を合計すると日展の入選者の壁面はとても足らずその分会派内外の競争は熾烈なものとなり、無所属一般出品者の入る余地のあろうはずもない。主な傘下団体は光風会、一水会、白日会、示現会、東光会、創元会、日洋会などである。
 筆者は非日展系団体についてもいくつかの似たような事例を知るが、ウンザリでとても触れる気はしない。なおこの件について、某弁護士サイトにおいて、「詐欺容疑」の可能性を指摘している事を付け加えておく。
 先の「下見会」は理事長寺坂何某の言によれば半世紀も前から行われていたという。問題とならなかった方が不思議である。いづれにしろ、多かれ少なかれ公募団体とは、それこそ「人間のやること、日本的因習」の不純、不明朗さが付き纏う。これらは誰が見ても、ゴッホやセザンヌやモディリアニなどで語られる絵画世界、芸術の話と同じ世界のものとはとても思えまい。
 総ては「絵画芸術」とは関係ない世界である。しかしこのヴァーチャルな価値観やヒエラルキ―を信じるものは画壇、市場から一般市民社会、ネットコミニュティーの門外漢に至るまで多数存在する。総て本邦の「土壌」の問題である。絵画芸術と関係ないものはとっとと去るべし!