また、アクリル絵具は乾燥すると色彩の調子が変わる。つまり、塗った当初と乾燥後に明度や彩度に大きな落差を生じるのである。例えばハイライトのつもりで塗った白が乾燥後それほど白くなかった、あるいは影の部分に塗った黒っぽい色が乾燥後強すぎ、トーンの繋がりやバランスを崩すなどの結果を生む。したがって予めその落差を計算して塗る必要がある、これは油彩にもあるがアクリルほど大きくない。
さて、当稿冒頭のテーマであった「繋がりある微妙なトーンづけ」は油彩以外の素材の致命的な欠落項目であるが、「万能素材アクリル」においてはそれは許されない。これも器械や道具の使用で一応の克服を見る。乾燥遅乾メディームやマスキングを伴うエアブラシの使用である。またハッチングという古典的技法も可能である。しかし、エアブラシのトーンは機械的、無機的、画一的で手作業のトーンづけのような実在感を感じさせる生きたものにはならない。質感表現で効果的なのはメタリックな工業イラストぐらいだろう。ハッチングもそれ以前にしっかりした造形性がなければ劇画やマンガの線描書きのような軽さに陥る。これよりはまだ、明暗の諧調で繋げる階層画法の方が良い。筆者はアクリルジェッソを塗り、ローラ―で細かな凹凸を作り、それに擦りつけるようにトーンをつける画法を試みたことがあるが、トーンづけは成功したが全画面が画一的となり限界を感じた。乾燥遅乾材も油彩ほどの技術的展開には至らない。
こうした問題点あるにも拘らず、今日アクリル等合成樹脂絵具の使用世界が格段に拡大したのは事実である。
世の中全体も人間も軽薄短小、緩淡弱少化している中、先に述べたような厄介な情緒性より人畜無害の機能性こそがまさに時代の要請であり、その意味で各種新素材はメディア化、商業主義、ポピュリズムの申し子とさえ言える。その発色、耐光・耐久性、扱いやすさから現代美術、商業美術、複写媒体仕様、壁面や建築施設、フィギュアや美術品小物の色付け…、筆者の知り合いだった着物の手描き職人は着物の柄をアクリルで描いていたが、かくほど左様に最早絵画芸術の素材というより別のジャンルの素材として位置づけた方が適当ではないかと思えるところまで来ている。
ともかくアクリル絵具等合成樹脂絵具は軽い!その軽さとは縷々述べた諸々の事由に因し、油彩の重たさに比肩できるものではない。アクリルで一定の成果を上げた作品を見ると、その作品の「おもしろい」キャラクター、「ブタが空飛ぶ」ような表現性の特異さ、視覚的驚きは与えるハイパーリアリズムなど、相応にアクリル等の長所を活かすことに一応の成功を収めたものとなる。
因みに筆者は合成樹脂絵具は現場での写生に使う。描く傍から乾いていき相当細部まで描き込めるが、被覆力が弱くハイライト部分は塗らずに地の白さを生かすようにしなければならない。
繰り返すが縷々述べたような合成樹脂絵具のデメリット表示は、画材メーカ‐のパンフレットや入門書、技法書には書いていない。軽さを感じる、感じない、味わいや風合に拘る、機能性を優先させる、格調や重厚さを求める等々結局はそれを使用する側の資質や感受性の問題となるが、「風景画」、「人物画」、「静物画」といった油彩の世界では常識的に概念される傾向のアクリルタブローは相当な技術的裏付けがなければ、真っ当な公募展では油彩と比してその軽さ故に瞬時に落とされる不利を覚悟すべきであろう。言うまでもなく筆者もこの素材でタブローの芸術的価値が追究できるとは思わない。
(一応終)