Ψ 筆者作 「夏の終り2」 P30 油彩(画像削除)
 
 アクリル絵具など新素材に関するメーカーのパンフ、及びその入門書、技法書では以下のようなことが書かれている。
 発色、光沢抜群、変色・退色なし、耐光性、耐久性、乾燥迅速、技法千変万化、扱い簡便、キャンバスは勿論木、石、壁面、コンクリ、布、ガラス、金属等の素材、平面、曲面どんなものも描ける…まさに良いことづくめで油彩のように堂々とデメリット表示を併記したものは見たことがない。
 アクリル絵具の媒材アクリルはアクリル酸エステルとメタクリル酸、アルキドはグリセリンとフタル酸を原料とする、何れも科学的処理による合成樹脂である。この他関連素材としてポリビニールアセテートだプラステイック樹脂だ、塩化ビニールだうんざりするような科学物質が出てくるが、いずれにしろこれらは絵具以前に、建築資材、塗料、繊維等工業的に使われていいたものを絵具に転用したもので、前述のような良いことづくめの特性は絵具以前に工業製品としての当たり前の特性なのである。
 一方油絵具を練る媒材はリンシード(亜麻仁油)、ポピー(芥子油)等植物性乾性油とダンマル樹脂、テレピン、その他増粘剤等いずれも天然素材で、しかも工業的に使われていたものの転用ではなく、画家がその造形的必要性から試行錯誤を経て工夫、考案された結果生み出されたもの。即ち先に建築資材や柵の素材について、その機能性と人間の感覚の齟齬について述べたが、絵具についても同様で、その味わい、温かみ、風合い等に関し合成樹脂は油絵具に及びもつかない、油彩の重厚さ、格調、コクとはそうしたものに起因するということ、この最大で基本的な合成樹脂絵具の「デメリット表示」はどんなアクリル技法書でも触れられることはない。そもそも仮にゴッホだユトリロだモディリアニだの絵が合成樹脂絵具で出来ていたらと考えるだけで興醒めである。
 余談だが、大学の研究室に古色蒼然たる立像の仏像が置かれていた。木のひび割れやシミのようなものが遥かな時間の経過を感じさせるように作られていた。触覚は本物もさわったこともないしよくわからない。うーん、だが、感覚的にちょっと違うものを感ずる。「霊的」というと大げさだが、そういうものは感じずどこか軽いのである…案の定それは超精巧に作られた合成樹脂によるレプリカだった。実はこの種のレプリカ、京都、奈良の名刹、重文級の仏像にもあるとかないとか。迂闊に構えていると騙される。
 さらに具体的に油絵具とアクリル等合成樹脂の長短を考える。
 油絵具の元となる顔料には、他顔料との融和性、耐媒材性、着色力、固着力、被覆力、透過性等固有の違いがあるが。これが油性媒材で練られることにより、一層の展開のヴァリエーションが生まれる。元々油絵具には他の素材に優する体質(ヴォリューム)があるので、これと相まって地塗り、厚塗り、グラシ等が最も効果的に出る。ルオーやユトリロの厚塗りはそれ自体マティエールのコクを作るが、アクリルではこの効果は出ない。
 アクリル等蒸発乾燥の素材は媒材成分が蒸発すれば絵具層が収縮し薄っぺらになる。これをカバーするためグロス、ポリマ―等メデューム類,厚塗りの場合はモデリングペーストを使ったりするが、油絵具の体質感は得られないし、厚塗りも100%色彩で作る絵具層と表面だけの絵具層とでは全く味わいが違ったものとなる。グラシについても油彩の場合体質があるので筆跡をクッキリ残し、その凹部に色味を侵入させる効果などができるが、アクリルは収縮により凹凸が出にくく、平板なグラシしかできない。また油彩においては下層が乾いていない、あるいは半乾きの場合、上層に絵具を塗ることによる色彩の微妙な溶け合い、色彩のニュアンス、響き合いなどが色調とマティエールのコクを生むが、アクリル等は只管絵具層を重ねるベタ塗りが精一杯で、油彩ほどの効果は期待できない。また、筆やナイフ、ローラーなどを使ったりしての擦れの効果、ナイフ、紙やすりやストリッパ―を使っての削ったり、こそげ取ったりの「マイナス画法」は、いずれも乾燥早く厚塗りもできないアクリルでは不可能。つまり造形技術的展開のヴァリエーションとその効果は油彩と合成樹脂絵具は比較にならない。
(つづく)