過日ある画家と話す機会があった。その人は今は何処にも所属していないが、彼が以前某団体系の絵画教室の臨時講師をしていた時の話である。そこは、上手くなったらその会への出品の道が開けるようなところであることから、上手くなりたいという気持ちは真摯で、批評されることをありがたく思うような、真面目に絵画に取り組んでいる人の多いところであったそうな。その教室にほとんどモデルを見ないで、頭の中だけで絵を作ってしまうような絵を描いている年配の男がいた。
「そういうソラでも描けるような絵ではモデルの意味が無い」と忠告したら、なまじ見たら描けない、見ないほうが「描ける」との返答。当然、絵画の基本のようなことを話し「それでは絶対に良い絵は描けない」と諭したそうだ。
ところがあとで聞いた話では、その人はいつも写真を見て描いているとのこと。それを知ったその画家は、普通なら写真を見て描くのはダメだと言いそうなところであるが、全く逆のことを言った。
「いつも写真見て描いてるそうですね、じゃぁ、今度徹底的に写真見て、写真のような絵を見せてください。」と。
この発言は男にとって意外でかつ挑発なものとして捉えた。逃げるに逃げれない。男は意地になったのか次の合評会の時、写真を見て描いたという10号の風景画を持ってきた。
で、その画家曰く「写真を見ながら一生懸命描いてこの程度ですか!全然写真みたいに描けてないですね。木を見て森をみないとはこのこと。人物でも風景でもナマのモデルを見てまともに絵が描けないような人は、写真さえ上手く絵にできないんです!」と言うようなことを話したそうである。
するとその男「自分は写真のような絵を目指しているわけではない。写真は参考に利用しているだけ。」と応戦。
画家「参考?では何の参考ですか?参考と言うからには「元」があるわけでしょ?あなとにとって「元」って何ですか?「元」から写真じゃないですか?!」
その男答えに窮し、ひたすら怨みを込めた眼でにらみ返したそうである。
画家私に曰く「私が言おうとしたことは、写真を見て描くことの云々なんてのは実は次元の低いこと。問題はそれ以前に自分にしっかりしたものがあるかどうかということです。ど素人のレベルから写真に頼って描いても100年経っても良い絵は描けない。逆に言えば、写真を絶対見ないと威張っても、だからといってそれが全部良い絵になるわけでない。危なっかしいのも一杯あります。芸術云々なんて遥か先の話!」」
そこで私は言った「私はその両方に心当たりがあります。あなたは随分良い先生だと思います。まともな人間ならここでハタと気づくはずですね。」
画家「ところが、その人どうしたと思います?そのあと前よりモデルを見ない。他の受講生への配慮もあるので少し強い調子で批判したところ、相当頭にきたらしく、返す言葉が自分は「アマチュア」で、楽しければいいんだとか、絵画は自由だとか、時代にあった勉強法があってもいいはずだとか言う。その後そうこうしているうち、はじめは先生と言っていたのがそのうち「さん」づけとなり陰では呼び捨てとなり、挙句「あいつは年鑑類にも出ていない騙りだ。人に教える資格はない」とか、「絵で食えてない」とかいい始めたんですね、それから私の作品の悪口も言い始める…」
ここに来て思わず笑ってしまった。この手の人間の発想や行動パターンには共通のものがあるというのが何とも滑稽だった。
そこで私は言った。「自分もアマだプロだ、売れてるか否か、そういうところから話を始めないと収まりがつかない可哀想な人間を知っている。彼らは、それが全く通用しないものであっても、自分を認めてくれる者には「餌をくれる人間にだけなつく猿」のごとく振舞う。逆に自分を認めない者については、騙りだモドキだ三流だと言って、その存在そのものを根こそぎ否定しようとする、人格攻撃のあとは作品の悪口、全部常套手段ですよ。「アマチュア」とはフランス語では「アマツール」という由緒ある言葉、そんな勿体ない言葉は認めない。「絵描き」ではなく「写真写し」ですから、ハッハッハ…」
件の画家「そう、僕らは先輩たちが体を張って築き、僕らも学んだそういう真理を、僕らの良心に従って伝授しているに過ぎない。デタラメを看過することなど死んでも出来ない…そういう真面目な世界に、年鑑類云々を持ち込むことがどれだけ卑しい人格を晒していることか判断できる知性もない。第一あれ、僕の知ってる優れた絵描きほとんど載ってませんよ。アハハ、ともかく、絵だけでも救いがあればよいが、どんな下手な絵描きも少しぐらい何処か良いものがあるものだが、頑固な分どうしようもない,箸にも棒にもかからぬとはあのことだ…で、あなたの知っていると言うその人どういう絵描いてるのですか?」
私「全く同じです。しかし、もう修正はきかないでしょう。あの世までそういう≪信念≫を持って行かすのが本人のためです。もう私は誰にも何も言わない。私が知ってる世界はレベルが低すぎ参考にならない。他にもいますが、無知とは怖いものです。自分がどれだけ恥をかいているか気づかないで、外側のいろいろなもののせいにしている。彼らは自爆テロみたいなことしてるんです。何の価値も無いものを一方で晒しながら、自分の俗で卑しい品性をその都度曝け出しているだけですから。最初から凹んでいる者は周りも凹まさなければ浮上できませんからね。」
画家「そう、面白いことにその男はぼくへの悪口雑言を誰にでも言うので、それが別の講師たちにも伝わってしまった。憎たらしいのは僕一人だろうけど、その悪口の内容は他の講師たちにも及ぶ。だから、あんた、もう来なくていいって言ったのは、僕じゃなく別の講師だった。そこまで知恵が回らないのかね、大笑いだ。」