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Ψ筆者作「森4」 油彩 F30(一部未完)

 先達の画風に影響にされ、それを自我の造形世界へ展開させていったと言う画家は多い。というより優れた画家ほどそれは必然の道とも思える。なぜなら自我より高い造形世界に出会った時、それを何らかの形で凌駕したい、憧憬を実現させたいと思うのは画家の本能のようなものであり、それほどでないにしても、その高さに比し従来の自我のレベルに限界を感じ、いっそうの自己啓発に努めると言うのは自然のことだからである。そうした姿勢こそが画家をいっそうの高みへ押し上げることとなる。当然それは現状維持の合理化、「低レベル」安定化に汲々とするよりは創造者としては遥かに望ましい姿であろう。

 あのコローの独自の画業といえども、その色彩やフォルムの処理などの造形性は在来の伝統的ヨーロッパ絵画をベースにしたものである。
 特に人物が踊っているような情景はプッサン等、銀灰色やグラデーションよる遠近処理などはクロード・ロラン等から影響を受けたとする見方は多い。
 しかし、それにも関わらず確立されたコローの世界とはコロー独自のもである。即ちひとたび影響を受けても突き抜けた先には必ず自分の世界が開ける、「影響される」とはその模索のためのプロセスであるということになる。

 問題はその影響下から抜けきれないということもあり得るということ。私の場合当ギャラリーの他作品にもあるよう、とりあえずその心配はない。上掲拙作について言えば、別項でも描いたとおり、色彩は敢えてコローの「牧歌的…」の模写で使った絵具をそのまま流用した。一体コローは何種類の「緑」を作ったか?「くすんだ緑」でどんな絵画ができるか、改めて確認したかったのである。 目的は違うので人物は排した。仔細は別記事で語る。