チェンニーニの技法書を代表格として西洋には様々な技法書・素材論がある。言い換えると本邦においては「キャンバスと油絵」と言う便利な一次元的素材体系により、西洋美術史上の数多の「材料体験」をほとんど無視して進んできたということが言える。
 テンペラ・フレスコは先祖帰りのように最近でこそ脚光をあびているが、黒田・藤島以来の西洋美術教育ではほとんど無視され、私も御多分に漏れずテンペラについて、「最後の晩餐」にそのような記述があったのを、例の帝銀事件の平沢冤罪囚と絡めて確認したのが最初である。
 そして自分でやってみて確かに絵画を「ペインティング」と訳すのは誤りであるという大事なことを「ハッチング」と言う技法により確認したりした。

 ただ問題はそうした西洋の技法書は乾燥したヨーロッパと言う風土を前提としたものであり、本邦のような高温多湿で寒暖の差が激しい地域に必ずしも通用しない場合があることを忘れてはならないだろう。
 むしろ違うものとして逆に共通点を探った方が面白いかもしれない。日本画の技法はそうした風土的条件に適うべき「島国根性」も含めて長い期間かけて合理的に形成されたものであろうが、テンペラなど西洋古典技法と驚くべきほどの類似点があるのは、人間の考える事は皆同じと言う文化人類学の観点からも面白い。

 素材・技法論の大事な点の一つに作品の保存と言う事がある。保存については、私は100年先200年先を考えるより、例えば売った先でどう良い状態を保てるかということを「販売責任者」としてどの程度考慮すべきかでとりあえずは良いと思う。
 その意味ではテンペラの板絵支持体の反り、表面の黴、油彩の変色、退色、亀裂等には最善の注意は必要だろう。以下ランダムに画材別に気づいた点。何の結論もでないが…。 

 アクリル…確かに柔軟性はあリ発色も良いが、それ自体新しい素材であり、そのほんとうの結果はなお100年ぐらい待たないと出ないように思う。長い年月により、プラスチックやビニールのような「科学的劣化」はないのだとうか?私の感覚ではオリジナル描画素材としては余りに軽い!それにこれは何かものにあたったり油性の下地材ではペラーッとはげる。私それを経験している。

 テンペラ…乾くと堅牢と言うが実体験ではとてもそう思えない。まず重ねたキャンバスの角に当ったりすると他愛なく傷つく。それとこの国ではなんといっても湿気による黴。アフターケア付きでないと恐くて他人に売りたくないくらい。因みに銀箔はそのままだと「見事なくらい」腐食、錆びに見舞われる。

 油彩…私は自分の作風から油彩の亀裂はあまり気にならないが、落剥に至るとちょっと困る。私はキャンバスの裏から湿気が麻の繊維に入り込まないよう考えるべきと思っている。というのは雨の日などキャンバスがビローンと伸びて一部に皺が寄っているということがあるが、この乾燥と湿潤による伸縮の繰り返しが、対応性のない油彩の亀裂の一因ではないか、少なくても、油彩表面の条件や油絵の具そのものの性質と合わせて考えるべきと考える。
 因みに裏側にも絵の具やオイルを塗ってみたらピーンと張った状態に変化はなかった。

 石膏・板絵…石膏は二水石膏などを膠で溶くので堅牢。通常膠引きしたパネルに麻布等を貼り、その上に石膏を塗る。反りはハニカム芯や桟をシナベニアなどの合板でサンドイッチすればある程度防げる。ただキャンバスより重くなり運搬や壁面装飾に一考を要す。

 エマルジョン・メディウム…エマルジョンというのは「油と水」など違う性質同士が均衡を保って安定して溶け合っている状態のこと。「〇性エマルジョン」と言うのはありえない。これは速乾性なので油彩のようにトーンがつけられない。