小さな幸せのミルフィーユ -2ページ目

小さな幸せのミルフィーユ

ある作家さんの言葉、プチハッピーのミルフィーユ。 日常の何気無い幸せが重なり合って、揺るぎの無い幸せとつながる。 小さな幸せをたくさん探そう!

愛犬チロルの話し


娘が小学2年の頃か、下校中に迷子犬を連れて帰ってきた

泥だらけな子犬ガーン


ママが泥を落として洗ってあげると

純血と思われるヨークシャテリアが出てきたびっくり

きかん坊そうな男の子

近所でもヨーキーを散歩してる人は見たことがなかった

遠くからやってきたのかも…


娘がチロルと名付けチロと呼んでいた


とりあえず保護する事にしたけど

その時、ウチでは中型犬を飼っていて

迷子犬は唸って吠えて喧嘩を売ってたガーン


人間の事も好きではないようで

いじめられてたか

怒られ続けてたか

逃げ出してきたのかもなぁ


ウチの中型犬のハウスは玄関なので

迷子犬は脱衣所に置いて

扉を閉めておいても扉越しに中型犬に吠えていた


迷子犬のネットを数日あちこち漁ったけど

関連情報は見つからなかったので

困ってしまったショボーン


そこへ独身、年金暮らしの伯母が

面倒を見ても良いとの事で

引き取って貰った


病院に連れて行くと

歯が綺麗なのでせいぜい5歳と言われたそうだ


伯母はまあまあお金を持っているらしく爆笑

頻繁にトリミングに連れて行って貰って

いつも小綺麗に決まっていた照れ


それから7年ぐらいで祖母は亡くなった

祖母がお世話になっていた実家の母と兄が

面倒を見ていたけど


その頃にはウチの中型犬も亡くなっていたので

高1になっていた娘がそろそろペットが欲しいと言っていたので

チロルを引き取る事にした


それから5年ぐらい

今ではお兄ちゃんも娘も外に出ているので

ママとパパが仰せつかって笑い泣き面倒を見ていたけど

目は白内障でほとんど見えず

壁に激突しながらの散歩

歯槽膿漏か、たまに歯がポロッと取れガーン

後ろ足に力が入らず床をスケーターのように歩く

昨年寒くなってから完全にお漏らしが始まって

オムツ生活

人間もペットもそうなりますなぁー…


今週木曜の夜には3歩歩くとコテってと倒れて

自分では起きられない状態

起こしたり倒れたりで、自力でオシッコを済ませたのでペットへ

全体的に体がグッタリしてた


水もフードも口に持っていっても

食べる元気もない


前日までは、寝る前になると布団を掛けたいのか

寝付くまでベッドでワンワン吠えていたけど

その日は吠える元気もないようで

自分も


近くのソファーで寝たけど

吠えて起こされなくて

朝にはさらにグッタリしていた


昼頃にはママもパパも出勤で

ママが夕方帰ってきた時には亡くなっていた…


いろいろ体が痛いなどあったんだだと

思うけど

歩けなくなった次の日に亡くなったのは

あまり苦しまないで良かったのかなと

思っている…

そう思いたい。


もし飼い主が見つかったら

もし他の人に拾われたら

どんな生活が待っていたのか

チロルはウチに来て良かったのかなと

昔から頻繁に思ってた


チロルはどこから来たの?

そして

安らかにお眠りください。



苦しみを訴える長文のLINEが届き

「会話できる状態ではないからLINEで送った」

とあったが、急いでその日は帰宅して

会話した、話しを聞いてみた、気持ちを伝えた、

いつものごとく会話にならなかったが・・・

 

まず睡眠障害の原因を探りたいと

深夜のバイトを辞めるように勧めた

代わりに昼間のバイトをやるように

結果、深夜のバイトは辞めたが、昼間のバイトを見つけられなかった

 

深夜のゲームはやめるように言った

毎晩深夜の長時間のゲームで依存しているようなので

ゲーム自体をやめるように言った

結果、しばらく辞めたり、また始めたりしていた

完全には辞められないようだった

 

妻は、クソのような生活と深夜の奇声にイライラしていた

 

妻がネットでいろいろ調べてチック症が出ているようだと言ってた

ゲームを始めると、乾いた咳払いをしていた

多い時で1分間に10回以上咳払いをしながら

ヘッドホンをして騒いでいた

 

ゲーム以外の趣味やるように話し合った

読書をしたり、コーヒーセットを購入して豆を挽いたりしていた

しばらくするとまたゲームを始めていた

 

夜中はネットワークをOFFするようにした


妻の勧めで心療内科にかかった

その後、週1のミーティングに参加する事になった

同じ症状人の発言を聞いたり、自分の気持ちを発表したり

結果、ミーティングに2回ほど行って、行かなくなった

 

妻はいろいろ試行錯誤していた・・・

妻の掛け声で何度かお出かけをした

普段行かないお洒落なお店で食事をしたり

海を見に出かけて、美味しい物を探したり

娘の寮に遊びに会いに行ったり

 

妻は役所の相談窓口に相談していた

「精神障害や知的障害、発達障害などの支援センター」

そこで 「地域若者サポートステーション」 を紹介された

サポステと呼ばれているそうだ

 

妻が予約を取り、息子は行ったそうだ

心療内科の時も何度か予定をキャンセルしたが結果的には行ったし

妻が勝手に調べた施設に息子が行くのには不思議で少し驚いた

 

息子が隔週だかでサポステに2,3回通った時に

妻が状況を聞きたいと相談員と電話で会話して

では直接にと両親とも話し合いの場が持たれた。息子抜きの場で

 

息子の相談員との話し合いで聞かされたのは意外な内容だった

 

最初に言われたのが、あなた方の息子さんと言え一個人のプライベートな内容なので

会話の内容を直接伝える事は出来ない事

 

そして、ここへ相談に来る方達は、働きたいけど働けない若者で

最初に診断テストをやったとの事

大体の人は、一般的な常識が無かった、コミュ障だったりですが

息子さんの場合は、学力は中の上ぐらいで、対応力も問題ないとの事

そして次回は相談員さん付き添いのもとハローワークに行くとの事


「えーーーっ!」

 

(続く)

息子の話し、

小学校の頃はどっちかと言えばひょうきんな性格で

とにかく明るさがあれば

人生の荒波でも乗り越えられるかなと

安心していた

 

高校に入って変化した

四六時中イライラしている感じだった

反抗期だなぁ

 

不登校もあったけど塾では勉強しているようで

志望大学には入れた

・・・

2年で中退した

 

ゲームがやめられなかったみたいだし

大学の勉強と人生の方向性の違いを感じて

やる気が出ないみたいだし

結果、学問が追いつかなくなったみたいだ


人付き合いは、子供の頃に

ただワイワイ遊んでいるだけの関係では問題なかったけど

だんだん大人に近づいて

空気を読む関係はスムーズにいかなかったようで

子供の頃からの親友と大喧嘩したとか。友達も少なめのようだ

バイトもドタキャンでそのまま行かなくなったりとか

転々としてやらなくなった


自分から敵を作っていた

問題点は他人の責任にする言動が多かった

たまに機嫌が良くなったりするのが逆に気持ち悪かった

 

「自ら辛い人生を歩んでいる。自分が変われば世界も変わる」と教えたが

そんな事で変わる訳が無いと言っていた

 

短期の専門学校に行った

自分の目標、将来に近い学校を見つけて通った

 

卒業後、本人のやる気からか、コロナの影響からか

就職へとエスカレーター式には行かなかった・・・

 

朝までゲーム三昧のニート生活が始まった

クソのような毎日だった

 

昼夜逆転の生活だったので

家の中で会う事も少なかった

起きている時間はほとんどゲームしているようで

長い時間、戦争ゲームで特に夜中に奇声を発していた

皆が寝静まった頃に居間で食事をしていた

 

時間を見つけては、将来の話しをするが

息子は一言も発しない事が多かった

親が考えている事を伝えるだけの時間だった

息子が話し出す時は、喧嘩腰に始まり、自分の気持ちを理解されない事にだろうか

よく涙を流して支離滅裂なことを訴えていた

情緒不安定だった

 

娘の紹介で娘と同じコンビニで深夜のバイトをはじめた

週に二日とかだけだった

 

日々空き時間が多いからネットで仕事を見つけるように言っていた

自分で見つけられないならハローワークに行くように言っていた

何度言っても昼間は寝ていた

 

そして、去年の2020年9月息子からLINEが送られてきた

原稿用紙4,5枚ぐらいの長文で

 

自分の人生は親の敷いたレールに

ただ乗っていた辛い人生だったと

自由がなく精神的ダメージを負っていると

睡眠障害があり体力的ダメージを負っていると

今は就職する事は出来ないと

人生に疲れたと。。。

 

(続く)