KUNIOのドラマ

KUNIOのドラマ

演者 KUNIOオフィシャルブログ

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こんな不思議な事があった

今日、仕事帰りにレンタルで映画でも借りようと

いつも通り店に入り物色しながら作品を手に取る

洋画を一つ

そして邦画も一つ

そして シルク・ド・ソレイユなど音楽DVDも含めて

合計5点レンタルした

我が家へ帰りディナーとともに洋画をサッソク!

感動に涙をしたハッピーエンドに気持ち良くなり

本日は邦画も観てしまおうと

レンタルDVDが入れられたバッグからディスクを取り出す。

しかし、

そこには借りた覚えの無い作品

「なんだこれ?」

そう思いながら全てのディスクを確認すると

その邦画が違っているではないか!

俺が借りたのは

中山美穂 主演「サヨナライツカ」

なのに

堺雅人 主演「ラッシュライフ」

が入っている!

どうして!!?

しかし、どう考えても俺が間違って借りたのだろう。

「ラッシュライフ」を観たくないのではなく

なぜ、少なくとも10枚は在庫が並んでた「サヨナライツカ」の中から

俺が取り出したこの一つだけが「ラッシュライフ」だったのか。

神の悪戯?

この映画の中にはどうしても俺が知らなければ行けない

「何か」

が映し出されているのだろうか?


気にはなったものの結局今日はブログをアップするこにして

この答えは明日のTwitter wKUNIOwで答えるとしよう。

では

想像していたものとは違った世界へ


KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第57話-想像-


3度目の海外への旅となると

始めての時の様な無謀計画は極最小限に収まった

留学エージェントなどを利用し格安ホステルの手配

航空券やESTA 国際口座開設

すべてスムーズに準備した。

ホステルはNew YorkのQueensのYMCAの個室を格安手配

航空券も3ヶ月オープン。

問題はなかった。

あとは希望通りの演技養成スタジオ

Terry Schreiber Studioに入るのみ

しかし、事前に問い合わせた結果

「日本人は今までにケアした事は無いし、貴方の英会話力だけが問題です
 
  一度御来校してオーディションしてみて下さい」

そうアッサリと電話を切られてしまった


「つまり、保証無しの出たとこ勝負ってこと?」と理解した。


それ故にYMCAの宿泊予約は1週間に変更して、万が一の際のことを考えた。

想像していた以上にスタジオも教える側としてお金をとる以上

シビアであったし、アメリカの英語のリズムに耳がついて行かない。

そして想像以上に自分が甘く見ていた。

「そりゃそうだよな~」!

と自分で納得してKUNIOは準備を進めた。

そして

2009年2月20日

KUNIOは伊丹空港からまずは成田に向った。

成田を経由して国際便に乗り換えNewYork JFK空港にと

思った矢先

乗り継ぎの移動中

ホワイトボードに

「Mr KUNIO」と書かれているではないか?( ̄_ ̄ i)

何が起こった??

直ぐさま

「私がKUNIOですが、どうかしました?」

と係りに訪ねると

「ご登録のESTAの内容に不備がございましてこのままでは出国はできません」

「あえっ?  どこが不備でした?」

「滞在先の住所が登録されておりませんので」

「あー。。それなら」

といい 滞在先を記入してなんとか出国。。

「おいおい、出足不調だな。。」

そう思いながらも出国したKUNIOは飛行機の中で爆睡


もう飛行機にもなんら緊張をする事は無い

カッコ着けてワインなど頼まなくてもスヤスヤ寝られる

そう言ってる間に

飛行機はNY上空

「ついに来ましたか!」

シメシメと喜ぶKUNIO


その一歩をJFKに下し税関へ向った

さすがにスゴい人数の旅行客が列をなしていた


到着した時間も朝の8時くらいだっただろうか?

税関スタッフも人数が少なく戸惑っているが一人一人確実にチェックしている

指紋照合や顔認識も今までやった事の無い検査

まあ、今回は滞在先も期間も短いし問題ないであろう



そう思われたとき

KUNIOは税関の時計を見上げてビックリした

そこのデジタル表示には

2009, 20 Feb

と出ている。


「?」

「あれ?20日? 21日じゃないの?」

KUNIOはとんでもない勘違いをしていた

ヨーロッパへ向う時の時差感のままでアメリカ大陸New Yorkに来ていたのだ。

つまり

予約しているYMCAなんかもすべて21日から!

「やっべー!どうするよ!」


自分の梵ミスを笑う事も出来ず

アタフタ ∑(゚Д゚) ( ̄□ ̄;)!! し出したが時既に遅し。


税関で「ホテルは明日からになってるが。。」

という質問に食い気味で

「Miss Take !!」

といって笑って誤摩化した。

そして無事に通過してとうとうNew Yorkに足を踏み込んだ

一歩一歩 歩く度に

「New York ! New York ! Oh Oh Oh 」と

BOΦWYの No.New YORKを口ずさんだ


JFK空港の隣接されている駅ターミナルに向う途中の渡り廊下で始めて外気に触れて

ビックリした!

「うううウウウウウウウウウうううううううううわあ!!寒い!!」

New York の冬は寒いとは聞いていたが

これほどまでに寒いのか!!

気温マイナス


コレが日常茶飯事なのである


それを2月だからと甘く見ていたKUNIOは

胸開きの革ジャンで

モロ体感したのだ!

想像を遥かに超える世界





KUNIOは恐れながらMETRO(電車)に乗った

途中で乗り換えするまでも座らなかったが

乗り換えてから周りを見渡すと

黒人さんが多い事

インド人っぽいのだとか中東系の多さに

KUNIOは挙動不審


ヨーロッパではあまり無い事だけに怖くなり出した

しかもみんなデカイ!

さすがアメリンサイズ!

「嫌だな~この電車に毎日乗るの。。。」

「しかもこの電車スッゲーボロい」

Queensにつづく7番のMETROはN.Yで最も古いラインの電車らしく

この時のKUNIOの直感は正しかったのだ。





そして

その終点の駅 Flashing Main Street

ここがこれからKUNIOがステイする町になるのだが

地下から路上に顔を出し

寒く冷たい空気を深く吸い込んで周りを見渡した

「あれ?」

KUNIOは異変を感じた

そこには

英語ENGLISHで書かれた看板が簡単には見当たらないのだ

「ここどこよ!N.Y!?」

自分が乗って来た飛行機は確かにJFKについたはず

なのに 何故

ハングル文字だらけ。

すこしして分かったのが

「ここはKorean Townですな?」

ManhattanにChina Townがある様に韓国街もある訳だ!



想像していたN.Yの町並みと違った事にショックを受け

少し疲れが感じられたKUNIO

YMCAを探し出すと日程の変更もすぐに行いチェックインをすますと

片手に地図を持ってすぐに駅に戻った

「Manhattanに行こうじゃないですか!」

少し疲れてはいたもののまたMETROに乗った。

揺れる事30分くらいだろう

METROは Times Sq に着いた

誰もが名前くらいは聞いた事あるだろう

そこには 想像通りのNEW YORKがそびえ立っていた

KUNIOのドラマ
KUNIOのドラマ


人並みに紛れながらMadison Sq Gardenの前

すぐに地図を広げ第一の目的であるSTUDIO(以後 TSS )の場所を探した




近くまで来てるのに見つからない。。

その時

KUNIOの視界に入ったのは

SUBWAY サンドウィッチ の看板

そう言えば腹も減った

とにかく何か食べよう

そう店内に入り注文しなれた商品を

堪能な英語(働いていたから)で注文し

ついでにTSSの場所も聞いて分かる事が出来た。

そしてそのままサンドウィッチをカバンに詰め込んだ。



人気の少ない26th st

遂にたどり着いたTSS

静まっていて 上品な空気 そして緊迫感も伝わるスタジオ



いきなり参上したアジア人

受付にも少し戸惑いながらアポをもらった

「OK 来週の月曜日に説明会をするのでそこに参加して下さい」

「明後日ですね?OKです」っと答えたKUNIO

ホッとして、

「いや、さっきJFK着いてすぐ来たから疲れたよ~」っとスタッフに理由も無く伝え笑って帰った。


外に出ると陽は落ちていた


始めて見るNew Yorkの夜空 

「この世界最大の都市で俺は何が出来るのだろうか?」



そう見上げたTimes Sqはあまりにも眩しかった



KUNIOのドラマ

-第57話-想像   完-
このブログアップまでに要した間

いろいろありました

どんな年齢にしても挑戦していくことが

成長であり

そこに失敗や成功があっても

前向きに捕らえる事

それをまた感じた一ヶ月でした

今の自分を見つめ直し

周りの環境の有難さに感謝し

2つに分かれる道を

どちらかに曲がるのではなく

1つの道にしてしまう

このような事もあるのではないか?

そうも感じられました。

この56話にあるいくつかの結果も

その例えかも知れません

KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第56話-褒め言葉-



高校卒業認定試験

合格



通知が届きそれを自分の部屋で確認すると

KUNIOはすぐにキッチンで食器を洗う母に告げた

「受かったよ! ありがとう!!」

母からの一言目は

「嘘やろ?」

さすが関西人なのか、それともそれだけ我が子の学力に信頼が無かったのか。。。


「いやいや、、嘘な訳無いやん!ほれ~!」

と 合格通知を見せた。

小・中・学校とたくさんの通知表やテスト結果などを見せて来たが

これほどまで自身満々に見せられた結果は始めての事だったかもしれない。

「へえ~!おめでとう、スゴいやん!」

KUNIOはVサインをしてまた部屋に戻り

携帯から友達にメールや電話をして結果を伝えた。

もちろん当時在籍していた事務所のマネージャや先輩にも連絡した。


そして 夜


父親が帰宅して居間に降りて来た時に

顔を合わした。

「なんや、全教科合格したんやって?」

「おうよ!」

その時KUNIOの脳裏にはこの同じ居間で

「高校を辞める」と父に対して告げた時

始めて父に激怒され説教された時の事が脳裏に浮かんだ

あの時の怖かった父の顔 

「ケジメはつけろ」

そう言われ、教えられた日。

その父から

「すごいじゃないか。おめでとう!」

あの日以来、始めて褒めてもらった言葉だった、



KUNIOにもずっとあった

親に対しての申し訳なさ。

親族がたくさんいる中、唯一の落第者として

恥をかかせてしまったこと。


「少しは許して貰えたかな?」

そう素直に思った。


そして、また部屋に戻り

次はあの恩師

「1日36時間勉強すれば受かる」

そう言い放った恩師に電話をした。

「受かりましたよ!一発合格です」

「は?何が?」

「高卒認定ですって!」

「え!! マジ!! 

おおおおおおおめでとう!!」


「有り難うございます!」

「いや、ちょっと 嬉しいわ!お前やるな!」

「まあ。1日36時間は勉強してないですけど逃げなかったです」

「じゃ、アメリカ行くのか?」

「来年の始めには予定を組みます。また、ご連絡します」

この恩師にも褒められたのは過去に一度だけで

普段は鬼の様に厳しい人だけにお褒めの言葉を頂けたのは嬉しかった。


試験に合格した事よりも

褒めてもらえた喜びの方が大きく感じた。




あの日、あっけなく高校を去り

社会に出て学ばせてもらい

運良く良い人に巡り会いながら

海外にも出て新たな経験を得て

現在


唯一の負目だった高校中退

それが違う結果となり変わったのだ。


「過去を輝かせるのは現在の自分だけ

ベストを尽くせば未来は自ずと変わる」

この言葉は試験後、結果が出る前に

バイト先の後輩大学生に言った

KUNIO自身の言葉であり

自分自身へも言い聞かせた言葉だった。


失敗や成功はその時のもの

成長は永遠のもの

挑むこと




最近、恩師が言葉にした

「頑張ってりゃ誰かがレールを敷いてくれてるよ」



第56話-褒め言葉    完-

そしてKUNIO NYへ

















本日の8月15日で

また歳を重ねまして

昨夜、今日は心の中で

感謝の気持ちで一杯です。

昨年はいろいろとあったかも知れません

その中でも

何に一番達成感を感じ 感動しているか?

と言いますと

実は

ここ数ヶ月のトレーニングで

過去から引きずっていた

O脚癖

コレの改善が出来た事なんです!

ジムであらゆるトレーニングを行って参りましたが

ここ数ヶ月行っている内容が

素晴らしく効果が出ておりまして

膝と膝がくっつく様になったのです!

「もう治らない」

そう思った時もありました!

でも諦めきれませんでした。

あの日の誓いは

時間をかけ遠回りしたけど

いずれ叶う時が来る

そう自分を信じて

今日もそして今年も

楽しみましょう!

では


KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第55話-独学-



時間が必要だ


そうKUNIOは決めた瞬間に

職場に長期休暇願いを出し

勉強出来るスペースを探すため

図書館や青年の家などの情報を集めた


自分の家や部屋での勉強

それは余りにも集中力が途切れる空間でしかなかった


国語

数学

生物

地学

世界史

日本史

現代社会

英語

全8教科


やるしか無い

しかし

やり方は分からない


「塾に行くべき?」

いや、そんなお金がもったいない

時間もない


KUNIOは全ての参考書をカバンにつめ

ルーズリーフを大量にもって

朝 開館 同時の図書館に入った。


まず、ここで驚いた事が

図書館のテーブル席の争奪戦がある事だ!

勉強をするのにテーブルが無ければどうしようもない!

朝一の図書館に来る様な人ってのは

それは一日中暇な人ばかりで

一度座ったらトイレ以外は動かない。

つまり閉館まで読書している人ばかりだ!

その中で

KUNIOはテーブル席をなんとか確保し

始めは「図書館は静かなもの」

そう思っていたから無防備で勉強を始めたが

なんだかんだで周りの音が気になるもんで

集中出来ない

ましてや参考書を読んでも理解出来ないからなおさらである。


そこでi-Podで音楽を聴きながら

そう切り替えたが

さらに酷い事が判明

音楽を耳から脳内に取り入れる事が

眼で見て書いて覚えようとする細胞の

邪魔をするのだ

ギターを弾くKUNIOはなおさら音楽が気になって仕方がない

スローテンポにしてリラックスな曲にすると

眠気が襲う


結局

初日はどの教科から始めるか

そして耳栓が必要

そのことを学んで夜の8:30に図書館を出た。


家に帰り

びっくりした

この自分が朝の開館から閉館間際まで

勉強していた?!

こんなこと

前代未聞!!

高校受験の時でもこんな事は無かった

なにがKUNIOをこうさせているのか?

それは一つ


夢へ

一歩でも近づく為

それだけ



そして

男として

決めた事

絶対に合格する

何千人の受験者がいて

その合格方法を参考資料として提示されている

それなのに受からないのは

KUNIOのなかでありえない事。

芸能人、役者、ミュージシャン、芸術家

この手の世界は合格なんて無い

参考例はあったとしても

同じものは成立しない。

合格があるなら

必ず自分になら合格出来る

そういう根拠の無い自信もあった


その日

東京の恩師に電話をして

試験を受けることを伝えると

恩師は

「1日36時間勉強すれば受かる」

KUNIOはそう言われて電話を切った。

「っくうううそう!!」

翌日

同じ様に開館前の図書館に並ぶKUNIO

8教科の中から2教科を選び

カバンにはジムに行く為のウエアや水着も入れていた

さすがに12時間の勉強ぶっ続けは集中力が途切れると判断し

夕方6時に切り上げて

そこからリフレッシュにジムに行く事にしたのだ。

その後帰宅してからは復習。

こう1日のメニューを決めた。


テーブルを確保し

分からない事は全て

図書館にある資料をもとに解決し

過去の自分と決着をつける為

未来の自分を築く為

KUNIO

独学

スタートを斬った!



数日

数週間が経ち

完全に自分なりの勉強の仕方

これを体得した


勉強中に掛かって来る携帯を無視

知人からの誘惑は拒否

それでも帰宅後の夜の電話やメールでは

周りには言いふらした

「俺、いま高卒認定受ける為に勉強してるから、

一発で絶対合格するから」


KUNIOらしいビッグマウスだ


いつもKUNIOは自分で自分を追いつめる

ギリギリまで持って行って返して来る

このやり方。

始めから本気でやれば?とも自分で思いますがね(笑)


中には

「無理やって!」

「自分勉強出来る方じゃないやん」

などと言う友達もいた。


「そうだね~」

と笑いながら答えて電話を切った後

「絶対に合格する!」

とメラメラ怒りを闘志に変えた


こんなことも頻繁に考えた


もし、普通に高校に通い

普通に卒業していれば

今の夢は無かっただろうし

18でLONDONに行く事も

23でDUBLINに行く事も無かっただろう。

「俺は人とは違うものを勉強させてもらった」

「でも皆は俺が出来なかった事をやり遂げた」

皆への劣等感を感じた。

あの時、中退を選んだ自分を責める訳ではなく

「今ならやれる」

自分の過去も未来も今だけが変えられる。

そう言い聞かせ続けて

2ヶ月が経過。



この科目ごとに気になるものには趣きを持ち

孔子の儒教を知り本を読み

三国志を読み映画を観て

心理学者フロイトやユングの本を読み

自分自身を分析したりして

多くの事を8教科以外にも学んだ。


「もし自分が普通に高卒して大学に行ったのならば

心理学を学んだだろう」

そう思えるくらい心理には感銘した。

なぜならば演技にも通じるものがあると思ったから。


そして

ラスト10日


KUNIOは最大のモチベーションを持って

過去問題集を買いあさり

とりあえず往復に往復を重ねながら

勉強した。


しかし、

突如KUNIOの身体に異変が訪れたのだ!!


勉強中などにトイレに立ち

洗面器などで顔を洗ったり嘆を出したりしていると

ある日から

腐食した血が出てくる様になったのだ。

始めは気にしなかったが

2~3日続くとさすがに怪しい



不安

あまりにもKUNIOにとってはハードな毎日の勉強が

体調不良を訴え出したのか?

このまま倒れるのか?

どうする?

病院へ行くか?



「いや」

コレは違う!

いままで使ってなかった脳細胞が

活性化して働き出したんだ!

だから驚いた身体が血を出したんだろう。

そして

これを体調不良だと思わせる

試験から逃げようとする

弱気な自分がまだ心の何処かにいる

そういう事だ


「負けねえよ!」

変化する自分 VS 蓄積された自分


KUNIOは血反吐を吐きながら

ラスト1週間を乗越えた


試験前夜

ここで始めて英語の勉強をすることに

しかし過去問題をすると

いずれも96点平均で解答している。

「ありがとうDUBLINのみんな」



そして

ついに試験当日を迎えた

試験は2日に渡って4教科ずつで分けられていた

試験会場にはたくさんの受験者

「今日はここに集まった皆が合格すれば良い!」

KUNIOは本気でそう心で叫んだ。

コレは勝負じゃない、挑戦だ。


1教科のテストが終わると

KUNIOはチョコレートをほおばり

脳みその回転率を上げ

次の教科に挑んだ。

「どれも簡単じゃない。」



1日目の帰り道でも自分に言い聞かせた

「不合格でも自分に出来る最善は尽くしただろ!」

2日目の帰りでも同じ事を思った。


試験終了




長かった2ヶ月と2週間

時は11月中旬

合格発表は12月


KUNIOはこの試験結果が出るまでの数週間

最悪の事態だけを想定して日々過ごした




12月12日

郵送で送られて来た文部科学省からの

試験結果

















KUNIOのドラマ



一発合格



第55話-独学    完-




本日の8月15日で

また歳を重ねまして

昨夜、今日は心の中で

感謝の気持ちで一杯です。

昨年はいろいろとあったかも知れません

その中でも

何に一番達成感を感じ 感動しているか?

と言いますと

実は

ここ数ヶ月のトレーニングで

過去から引きずっていた

O脚癖

コレの改善が出来た事なんです!

ジムであらゆるトレーニングを行って参りましたが

ここ数ヶ月行っている内容が

素晴らしく効果が出ておりまして

膝と膝がくっつく様になったのです!

「もう治らない」

そう思った時もありました!

でも諦めきれませんでした。

あの日の誓いは

時間をかけ遠回りしたけど

いずれ叶う時が来る

そう自分を信じて

今日もそして今年も

楽しみましょう!

では


KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第55話-独学-



時間が必要だ


そうKUNIOは決めた瞬間に

職場に長期休暇願いを出し

勉強出来るスペースを探すため

図書館や青年の家などの情報を集めた


自分の家や部屋での勉強

それは余りにも集中力が途切れる空間でしかなかった


国語

数学

生物

地学

世界史

日本史

現代社会

英語

全8教科


やるしか無い

しかし

やり方は分からない


「塾に行くべき?」

いや、そんなお金がもったいない

時間もない


KUNIOは全ての参考書をカバンにつめ

ルーズリーフを大量にもって

朝 開館 同時の図書館に入った。


まず、ここで驚いた事が

図書館のテーブル席の争奪戦がある事だ!

勉強をするのにテーブルが無ければどうしようもない!

朝一の図書館に来る様な人ってのは

それは一日中暇な人ばかりで

一度座ったらトイレ以外は動かない。

つまり閉館まで読書している人ばかりだ!

その中で

KUNIOはテーブル席をなんとか確保し

始めは「図書館は静かなもの」

そう思っていたから無防備で勉強を始めたが

なんだかんだで周りの音が気になるもんで

集中出来ない

ましてや参考書を読んでも理解出来ないからなおさらである。


そこでi-Podで音楽を聴きながら

そう切り替えたが

さらに酷い事が判明

音楽を耳から脳内に取り入れる事が

眼で見て書いて覚えようとする細胞の

邪魔をするのだ

ギターを弾くKUNIOはなおさら音楽が気になって仕方がない

スローテンポにしてリラックスな曲にすると

眠気が襲う


結局

初日はどの教科から始めるか

そして耳栓が必要

そのことを学んで夜の8:30に図書館を出た。


家に帰り

びっくりした

この自分が朝の開館から閉館間際まで

勉強していた?!

こんなこと

前代未聞!!

高校受験の時でもこんな事は無かった

なにがKUNIOをこうさせているのか?

それは一つ


夢へ

一歩でも近づく為

それだけ



そして

男として

決めた事

絶対に合格する

何千人の受験者がいて

その合格方法を参考資料として提示されている

それなのに受からないのは

KUNIOのなかでありえない事。

芸能人、役者、ミュージシャン、芸術家

この手の世界は合格なんて無い

参考例はあったとしても

同じものは成立しない。

合格があるなら

必ず自分になら合格出来る

そういう根拠の無い自信もあった


その日

東京の恩師に電話をして

試験を受けることを伝えると

恩師は

「1日36時間勉強すれば受かる」

KUNIOはそう言われて電話を切った。

「っくうううそう!!」

翌日

同じ様に開館前の図書館に並ぶKUNIO

8教科の中から2教科を選び

カバンにはジムに行く為のウエアや水着も入れていた

さすがに12時間の勉強ぶっ続けは集中力が途切れると判断し

夕方6時に切り上げて

そこからリフレッシュにジムに行く事にしたのだ。

その後帰宅してからは復習。

こう1日のメニューを決めた。


テーブルを確保し

分からない事は全て

図書館にある資料をもとに解決し

過去の自分と決着をつける為

未来の自分を築く為

KUNIO

独学

スタートを斬った!



数日

数週間が経ち

完全に自分なりの勉強の仕方

これを体得した


勉強中に掛かって来る携帯を無視

知人からの誘惑は拒否

それでも帰宅後の夜の電話やメールでは

周りには言いふらした

「俺、いま高卒認定受ける為に勉強してるから、

一発で絶対合格するから」


KUNIOらしいビッグマウスだ


いつもKUNIOは自分で自分を追いつめる

ギリギリまで持って行って返して来る

このやり方。

始めから本気でやれば?とも自分で思いますがね(笑)


中には

「無理やって!」

「自分勉強出来る方じゃないやん」

などと言う友達もいた。


「そうだね~」

と笑いながら答えて電話を切った後

「絶対に合格する!」

とメラメラ怒りを闘志に変えた


こんなことも頻繁に考えた


もし、普通に高校に通い

普通に卒業していれば

今の夢は無かっただろうし

18でLONDONに行く事も

23でDUBLINに行く事も無かっただろう。

「俺は人とは違うものを勉強させてもらった」

「でも皆は俺が出来なかった事をやり遂げた」

皆への劣等感を感じた。

あの時、中退を選んだ自分を責める訳ではなく

「今ならやれる」

自分の過去も未来も今だけが変えられる。

そう言い聞かせ続けて

2ヶ月が経過。



この科目ごとに気になるものには趣きを持ち

孔子の儒教を知り本を読み

三国志を読み映画を観て

心理学者フロイトやユングの本を読み

自分自身を分析したりして

多くの事を8教科以外にも学んだ。


「もし自分が普通に高卒して大学に行ったのならば

心理学を学んだだろう」

そう思えるくらい心理には感銘した。

なぜならば演技にも通じるものがあると思ったから。


そして

ラスト10日


KUNIOは最大のモチベーションを持って

過去問題集を買いあさり

とりあえず往復に往復を重ねながら

勉強した。


しかし、

突如KUNIOの身体に異変が訪れたのだ!!


勉強中などにトイレに立ち

洗面器などで顔を洗ったり嘆を出したりしていると

ある日から

腐食した血が出てくる様になったのだ。

始めは気にしなかったが

2~3日続くとさすがに怪しい



不安

あまりにもKUNIOにとってはハードな毎日の勉強が

体調不良を訴え出したのか?

このまま倒れるのか?

どうする?

病院へ行くか?



「いや」

コレは違う!

いままで使ってなかった脳細胞が

活性化して働き出したんだ!

だから驚いた身体が血を出したんだろう。

そして

これを体調不良だと思わせる

試験から逃げようとする

弱気な自分がまだ心の何処かにいる

そういう事だ


「負けねえよ!」

変化する自分 VS 蓄積された自分


KUNIOは血反吐を吐きながら

ラスト1週間を乗越えた


試験前夜

ここで始めて英語の勉強をすることに

しかし過去問題をすると

いずれも96点平均で解答している。

「ありがとうDUBLINのみんな」



そして

ついに試験当日を迎えた

試験は2日に渡って4教科ずつで分けられていた

試験会場にはたくさんの受験者

「今日はここに集まった皆が合格すれば良い!」

KUNIOは本気でそう心で叫んだ。

コレは勝負じゃない、挑戦だ。


1教科のテストが終わると

KUNIOはチョコレートをほおばり

脳みその回転率を上げ

次の教科に挑んだ。

「どれも簡単じゃない。」



1日目の帰り道でも自分に言い聞かせた

「不合格でも自分に出来る最善は尽くしただろ!」

2日目の帰りでも同じ事を思った。


試験終了




長かった2ヶ月と2週間

時は11月中旬

合格発表は12月


KUNIOはこの試験結果が出るまでの数週間

最悪の事態だけを想定して日々過ごした




12月12日

郵送で送られて来た文部科学省からの

試験結果

















KUNIOのドラマ



一発合格



第55話-独学    完-


昨夜

東京ドームにて行われた

COMPLEX

日本一心

チャリティライヴ

こちらにはもちろん

参加させて頂きました。

中学生の頃

COMPLEXのライヴビデオを

1日に2周見ては

真似てギターを弾いていたものでした


19901108

1990年11月08日

東京ドームにて活動休止をした

COMPLEX

布袋寅泰×吉川晃司

約21年の時を超えて

現実となり現在となり

また夢を叶えてくれました!


不仲説を一瞬にして吹き飛ばし

複合体が手を組み

一つになった瞬間に

どれだけの人が涙を流したのでしょう。

全てが上手くいく

そんな人生なら

きっと夢という言葉の意味は

薄っぺらいものになっていたのでしょう


乗越えてこその壁

叶えてこその夢

「もしも」の言葉のむこうには

明るい未来があります様に!

では

KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第54話-試練-



KUNIOはとある撮影現場に来ていた

それは

あのジャッキーチェンの映画

「新宿インシデント」

エキストラでもちろん呼ばれた訳だが

KUNIOは持ち前の幸運の引きで

エキストラとしては印象に残る場面で起用され

現実に

アドリブで入れた台詞が

映画に採用されているのである。

そのシーンはKUNIO(刑事)が

ジャッキーチェンを追いかけるシーンである

現場は広東語と英語が飛び交う

ピリピリした緊張感に包まれていた。

本場アクション映画の巨匠ジャッキーチェン

その人がここにいるのだ。

勿論

本番ギリギリまで姿を見せないジャッキーは

控え室で人目から逃れる様になっていた

KUNIOはそのジャッキーとついにご対面

なんなら

同じフレームに入るチャンスを手に入れたのだ。


一回限りのリハーサル

これにはジャッキーチェンではなくスタントマンが起用される

英語で指示を出され本番を迎える

「なんか一言叫びなさい」

そう本番直前で伝えられ緊張がピークに達する

「俺がNGを出したら多分カンフーでボコボコにされるな」

そう思いながら

カメラは回り出し

「アクション」と監督は叫んだ。

KUNIOは走り出しのタイミングを助監督からもらう為

ずっと助監督を見ていた。

「GO」

KUNIOは合図と同時に走り

咄嗟に

ハリウッドスターのジャッキーチェン

あの方に対してこう叫んだ

「待て!コラ~!!」

そして

「カット!」

OK ?

NG ?

答えは

一発OKだった!

安心したKUNIOはすぐに待機場所へ戻った



一つ疑問が残った

「ところで、ジャッキーチェンいた?」

誰かが走って行くのは足音で分かったけど

顔も後ろ姿も見てないし



そう思い出すと確認したくなって

同じ現場にいたキャストに質問した

「さっき、ジャッキーいました?」

周りの反応は

「うん、後ろ姿しか見てないけどいたよ」

「そうっすか」

KUNIOは助監督の顔ばかり見ていたため

ジャッキーを見逃したのだ。

小学生の頃

ジャッキーチェンの映画を見ては

カンフーごっこをして憧れたスター

映画以外では見れるなんて考えもしなかった

そのスーパースターを

同じシーンにいながら見逃した。

嬉しい様な悲しい様な


この撮影現場は結局3日くらい続いたが

最後までジャッキーとは会えず

周りにいるエキストラから

「俺 昨日の最後にジャッキーが車で帰るの見ましたよ」

という自慢話しか聞かなかった。

KUNIOはそれでも嫉妬する事はなく

「良かったね」

としか言えなかった。

理由はさておき。




こうして順調かと思われたKUNIOだが

今度は演技に対する執着が強まり

とうとう今後の活動の為に

選択肢を2つ作りだした。


それは

東京

もしくは

New York


もっと勉強したい

本場NYや東京で。

その思いを

演技指導でお世話になていた

松竹映画の監督の一人に相談した。

その答えは

「英語が出来るならNew Yorkだろ」

演技だけじゃなく世界を知る事

今まで長期に行ったことのなかったアメリカ

「無駄?」

その考えが一つも出て来なかった。


それからKUNIOは真剣に計画を立て

New Yorkでの演技学校や滞在先

予算などをプランニングし始めた

しかし

予想もしていなかった現実がそこにはあった


どこの演技学校の受講資格のなかにも

「高卒以上」

この条件が記載されていた。


KUNIOは中卒

条件が満たされていない。

受講不可


この時すでに季節は夏を迎えKUNIOはまた歳を重ねようとしていた。

「お金を貯めても、英語が多少出来ても ダメなのか?」

これがアメリカの社会

日本よりも数段に上回る学歴社会


「どうしょう?アメリカは諦めるか?」


そう迷いながら

KUNIOは東京にいる恩師のもとへ夏の挨拶として上京していた

そして恩師のご家族と一緒に一泊2日の旅行に出た。


その先で

この悩みを聞いてもらいたかった。

恩師は過去数年感New Yorkに住んでいた経歴の持ち主

なにかアドバイスをくれるのではと思ったのだ。

「簡単じゃないだろ、アメリカは」

そう言われ、さらに落ち込んだ矢先

恩師の奥さんがさらに厳しい事を告げた

「大検とって行って来たら?」


KUNIO

そればかりは避けたかった

もう教科書なんて10年は見ていない人生

数学とか云々じゃなく

KUNIOの知能指数は

小学生レベルなのだ


「いやいや、奥さん大検って簡単じゃないでしょ?」

すると

「それはあんたが中退したから悪いんでしょ!」



トドメを刺された。


「時間かけてでも大検とってむこうで勉強して来たら?」


そう言われKUNIOは京都へ舞い戻った。


悩んだ。

1日悩んだ。

大検に関しても調べた。

次回試験日は11月。

年間試験回数は夏と冬の2回だけ。

つまり

この冬に合格しないと来年の夏まで試験が無い


つまり 

New Yorkにもその間行けない。


「New Yorkへ行きたいか?」

昔、TVで見ていた

アメリカ横断ウルトラクイズ

このキャッチフレーズが何万回も

脳裏を過る



翌日

KUNIOはジュンク堂で

¥28000分の大検過去問題集

全9科目

大人買い



そして

心に誓った


「絶対に合格してやる」


試験まで

残す2ヶ月と2週間

第54話-試練     完-

KUNIOの誕生日はナポレオン・ボナパルトと同じ日

それ故に

「我が辞書に不可能という文字は無い」

この言葉が大好きだった。

本当に不可能は無いのか?

大丈夫かKUNIO!!

続く







先日、昔から使っていたデジカメが壊れまして

新しいデジカメを最近

購入しました

KUNIOのドラマ

そんなに高額でもないのに

素晴らしい機能

写真が撮れる

こんな時代

私たちは何をこのカメラで

後世に残し

伝えられるのでしょうか?


デジタルカメラとなってから

現像プリントをする量も減り

データだけをパソコンに残す

これだけではいけない

そう思います

本来のカタチとして

気持ちを込めて

それでこそではないでしょうか?

私は酒が入ったときのこういう類いの会話が大好きです!

しかし

酒を飲むことも最近少ない故

勉強不足とも言えるでしょう。

日々精進



では

お楽しみあれ

KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第53話-再建の場-



「さて、どうする?」

「う~」

「バンド?」

「東京?」

「外国」

「音楽」

「ギタリスト」

「足りていないもの」

KUNIOはずっとこんな感じのループで悩んだ

理想とするギタリストに近づく為

自分に求められるのは

人とは違う

個性

表現力

だった。

表現力の中には

テクニックが含まれており

しかしKUNIOが求むテクニックは

速弾きなどではなく

トーンニュアンスだった。

どうしたらその表現力を学べる?

大好きなギタリストのコピーをしたり

視野を広く感情を豊かに。

映画や読書、絵画に触れるのも良いだろう。

でも

心の底にある音を引き出すのは

自分自身

つまり

自分を知り

磨くしかなかった。


そんなある日

ホテルの従業員仲間が新聞を広げて読んでいた

KUNIOはそこに見えた広告に対して

冗談半分にこう言った

「俺がタレントオーディションで面接までいったら絶対合格する」


周りは笑いながら

「はいはい。。と流した。


しかしKUNIOは自分が言った冗談にこう付け加えた

「だって、今まで面接で落ちた事ないしな」

もちろん

周りは 

無視


KUNIOもそのリアクションを期待していた。


それから数日

実はKUNIO

半分本気でタレント事務所へのオーディションを考えていた

何故?

何故かと言うと

役者の世界は

人としての感情表現の極地

そこで勉強すればなにかが分かるかも?

そう思ったからだ。

なんてポジティブシンキング!

そして

なんとKUNIO

こそーっと

履歴書に写真を貼り

応募してしまった!!


数週間後

某タレント事務所から

面接会場の案内が届いた

「あら、書類審査はOKなんだ」

「簡単だったな」


しかしまだ周りの人には言えない

そして

面接を合格でパスしてからこそ

周りに言える

「落ちた!」なんて言えない

「よし、面接結果がでるまで黙っていよう」


そして

 2007年 夏

見事 KUNIOは某タレント事務所の面接を通過し

その養成タレントとして所属したのだ
(この事務所なら本当は誰でもなれる。皆が知らないだけ)


「聞いてよ!!俺 芸能人の卵になっちゃった!」


周りの反応は

「何の事?」

「まさか!」

「本気でやったの?」

KUNIOは

「騙されたと思ってやってみるよ、何事も経験だよ」

そう言って

かる~く

タレント活動を始めた


養成所で役者としてのトレーニングを受けながら

数ヶ月後

早速事務所から仕事の依頼

「年末の特番時代劇 合戦シーン」

「出た!関西ならではの仕事内容」

しかし

断ってる場合ではない

KUNIOは一言返事で引き受けた


現場は何処かの山奥で

こんな光景があったり


KUNIOのドラマ
KUNIOのドラマ

この中の一人だったり

KUNIOのドラマ

重ーい甲冑を着て

雨の中 嵐の中

真冬の山奥で

「オー!!」

とだけ叫び走る

10時間


運動不足のKUNIOには地獄だった



しかし

役者さんは文句一つ言わず

一つ一つのシーンに取り組む

その姿を見て

KUNIOは

絶対に現場に対する文句は言わないと心に誓った


目の前で椅子に腰掛ける大物役者

「カッコ良い」

憧れるだけだった。



そして

KUNIO初のTVCMオーディション

関西◎ーバン銀行のTVCM

脇役のカフェの店員

このオーディションになんと

初にして合格してしまったのだ

それから

TVCM 京◎電車 「お京はん」シリーズにも脇役で

車会社MA◎DA BIANTEのWEBカタログ

これにはメインで登場

皮膚がヒリヒリするエピソードもあるがこれはカットしよう

この調子で仕事は増える一方だった

しかし

KUNIOは頷けない

なぜなら

「おれは台詞を一度も言っていない」

これではただのエキストラ

違う

とはいえ

仕事は断るつもりはない

そんなある日

NHK「坂の上の雲」

この制作に一週あまりロケに広島まで撮影

こんな話しが来た

「これは楽しそう」

そうKUNIOは参加した


あらゆる事務所から集められたエキストラ

およそ100人

「しまった~」

KUNIOはまた存在も台詞もない

そんな事だろうと思っていた

現場に向うバスの中

キャスティングディレクターが

「君はこの役。君はこれ」

そういってエキストラにメモを渡す

そして

KUNIOにも同じ様に

「門番」

この役が渡された。


しかし

現場が雨のため撮影中止

しかたなく撤収

ホテルの衣装部屋でまたキャスティングディレクターが来て

「君、明日は伊藤さんと2人のショットになるから」

そういって解散。


「伊藤?」


謎のまま翌日を迎え現場についた


KUNIOは朝一番のシーンで警察署の前に立たされ

文字通り

「門番」

を命じられた


そして

そこにやって来たのは

KUNIOが昨夜

ホテルのTVで見たIQサプリの男

伊東四朗ではないか!

「伊藤って伊東四朗さんかよ!」

テレビで見るより

こわ~。。


そして何もKUNIOにはアドバイスもなく

シーンは始まった

KUNIOの内心

「え~マジ?でも、警察だし。ビビっちゃマズいよね」

そう思いながら

顔と顔が10cmの距離しかない伊東四朗さんにビビりながらも

「カット~! オッヶ~!」

と監督が合図を出した。。


「良かった~!」


そうして初日は終え

2日目

今度は

「飛脚」を命じられた

ホテルでディレクターに

「飛脚って知ってる?」

そう聞かれ

「なんば歩きですよね?」

そう答えたのが吉

「じゃ、君に大役は任した!」

現場に就くなり

ナンバ歩きで跳ねる練習

周りのエキストラの視線も感じながら

恥ずかしいが

これが役者

やりきってやろう!

そして

そこにやって来たのは

大物役者

香川照之さん

これまた2ショット

俺がNGを出す訳にはいかない

手前を歩く香川さんを後ろから追い抜く

ただコレだけのシーン

しかし

ナンバ歩き

歴史ドラマ故、間違いは許されない

何度かスピードの調整やタイミングで撮り直したが

迷惑をかける事なく終了

最後には

飛脚ソロでも撮影を頂いた


こういったチャンスを頂きながら

毎日撮影していると

役者さんに覚えて頂き

ありがたいお言葉も頂く

それが自信へとつながり喜びになる

KUNIO 張り切っていた


そして ついに

現地オーディションで

台詞を頂いたのだ

学生徒が

「自由民権の演説会じゃ」

この台詞を繰り返す。

カメラ正面のショット

第1話 見たい人は動画を探して下さい

開始37分
(まだ自分もすべてチェックしていないので何処かに出ているとは思います)

そうして一週間は過ぎ

撮影最終日を終えた

KUNIOは

スタッフの中の一人にこういって頂いた

「君はまた何処かで会うだろう」


どういう意味だったのだろうか?

しかし、その言葉が本当に嬉しく

KUNIOを突き動かした


「役者か」

KUNIO

夢の再建の場をここに選んだ


第53話-再建の場      完-

次回はとうとうジャッキーチェンと!!




$KUNIOのドラマ

昨年8月

私の身体はこうだった

ジムに真剣に通い出して一ヶ月くらいだろう

あれから約1年

体重にさほど変化はないが

自分で自分の身体を見比べてみる事にしてみて

そして

公開してみよう

馬鹿だと承知での公開だ

現在の身体である

KUNIOのドラマ
KUNIOのドラマ


違いが分かるであろうか?

専門家でないと分からんだろうし

自分でもあまり分からない!


今後の人生

ジムに通う事が出来る財力と根気で

老後までこの身体を維持出来るよう

私は自腹で自分の身体を買うのであります

そして

来月にはまた一つ

歳を重ねるのであります


さて

前回の続きが遅くなりました

ここが一番語りたくない部分

気分は乗らないが

サクッと行きましょう!


KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第52話-焼崩れる城-



職場でも順調

自分のポジショニングも大丈夫

仲間とのコミュニケーションOK


そんな時

プライベートで活動していた

アコースティックユニットがあった


KUNIOのドラマ

シンガーと2人でポップな音楽を目指してサポートしていたのだ

数回のライヴをこなした時

ライヴの打ち上げで

飛び切りの美人な女性
(そりゃ美人と言えば女性だろ、男ではない)

に出逢ったのだった。。。

その子はシンガーの幼なじみで

KUNIOよりも歳が一つ若く

モデル

をしているのだった


「あ~モデルさんか!そりゃ綺麗だよね!」

このKUNIOの言葉が出た瞬間から

KUNIOは当たって砕ける精神で

無謀にも

口説きに入った


端から見ても釣り合いの取れない2人

KUNIOの無謀さを笑うしかなかった

しかし

打ち上げの2次会で鴨川を歩く2人は既に手を繋いだり

朝まで会話も途絶える事なく

周囲の予想を遥かに超えた好印象にてその日は幕を閉じた


しかし それなのに

KUNIOは連絡先を聴くのを忘れてしまい結局一ヶ月の間

再会は出来なかった



その再会のライヴの打ち上げでやっと連絡先を交換した2人は

翌日からの一週間で100通を超えるメールの送受信をし

ゴタゴタしながらも

交際に至ったのだ。

「まさか!」

「うっそ~!」

という周囲の声は

いずれ

「おめでとう」

に変わった。


それまでの人生

KUNIOはまともに恋をした事はなかったのだろう

気がつけば

完全に恋に溺れて 呼吸をするのも忘れてしまっていた

(別にノロケ話をしたいわけではない)

仕事の夕方までの休憩時間も彼女

終わってからも彼女

ギターの練習は減り

ライヴでのミスは増える

そして

職場ではエネルギー不足から

周囲への気配りが減り

コミュニケーション不足

協調性のない人間へ

それでも

彼女がいるから良い

そんな 糞っ垂れ野郎になっていた

挙げ句の果て

今までの人生を否定する様な一言を彼女に言われる

「音楽なんかいいから、就職して結婚しよう」

いままでのKUNIOなら

その場で

「別れよう」

そう言ってその恋愛を終わらせただろう

しかし、

この時のKUNIOは

「もうちょっと待てよ」

と言って

優しく微笑んだのだ


KUNIO城

崩壊

全焼


職場での信頼は薄れ

ギターもボロボロ



ROCK & ROLL

その塊

世界中を転がって

まだまだ刺々しい

そう思われていた角は

見事に丸く収まっていたのであった。


しかし

交際を始めて3ヶ月

倦怠期は簡単に訪れた

沸々と音楽を辞めようとしないKUNIOに

耐えかねた彼女は

将来の事を考え出したのだろう
(たかが3ヶ月なのに)

「もうお別れしよ。」

と言い出したのだ。

「なんでやねん!」

そう

つい先日まで初詣にてお参りも住ましたじゃないか!
(関係ないけど)

そんな事おかまい無しに

京都駅ビルのイタ飯屋さんで彼女は

デカイ声

「だってこのまま結婚しても月収20数万だし。。気楽にモデルもしたいし」

周囲にいた他のお客さんもこっちに一斉に眼をやった

KUNIO

この時

 やっと目が覚めた

この時まで目が覚めなかったのが可笑しいくらい

「あっ、結局お金か?」

それから数日後

交際は終わり

周囲の皆には慰められ

むにんで

凹凹凹凹凹凹凹凹 凹凹凹凹凹 凹凹凹凹凹凹 凹凹凹凹凹凹凹 凹凹凹凹 凹凹 凹凹 凹 凹


それからは音楽も上手く行かず

解散

なぜ

ロックがしたいはずの自分

アコースティックをしている?

この気持ちを押し殺して活動していたのは

いまだから明かせる 

あの彼女がシンガーの幼なじみだったからであろう

そうあの時に言えるような男らしさの欠片もなかった



職場で正直に皆に別れ話を伝え笑ってもらい

支えてもらい

KUNIO

再建へと地盤をかためる作業に取りかかった

もう一度 夢へ



第52話-焼崩れる城   完-


久しぶりに自分の作ったインストアルバムを聴いてみると

自分の作品だけに

気持ちよい

この楽曲を少しでも多くの人に聴いて頂く為

これから少しの期間

このアルバムを

無料配布してみよう?

そんな気持ちにしてくれる

僕の音楽は実際にPCからのこのアメブロへのアクセスで

視聴出来るのだ

とはいえ PCではたったの2曲

それじゃ少ないよね?

やはり無料配布で10曲入りを配ろうか。

まあ、欲しい人は直接言って下さいね!

では

Kunioドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第51話-本◎◎の変-


そうこのホテルは

本◎◎

その名前がつく

日本史の中で皆がよく勉強した場所である

当時、この国の天下統一を狙った

織田◎長

あの方がここで自分の部下でもあった

明智◎秀に闇討ちに合い

森蘭◎と炎に崩れさるこのお寺で命耐えるのだ

その実在したお寺は全勝の後

場所を変え再建されたそうで

現在のこのお寺になったそうである


つまり

このホテルの統一および

支配者になろうとするものは

いつも頭の片隅に

次なる◎長は誰か?

果てぬ◎長は誰か?

そう思っていたに違いない。


そして

このただの町民レベルのKUNIO


こやつも常に何とかして

支配力を手に入れたいと願っていた。

しかし、KUNIOが求めた支配力というのは

少し違い

もっとホテルらしいホテルに変える為の意見力であり

お客様の声を直に内部に響かせるか

そう言うものであった。


とはいえ、別にお客様にアンケートをとる訳でもなく

尋ねに回る事でもなかった


簡単に

「泊まって気分の良いホテルだった」

これを目指したのだ

この本◎◎の斜め前には一流ホテルがそびえ立ち

どうやってもそのホテルには外観から勝ち目は無い

しかし、そんな一流ホテルには泊まらない

修学旅行生やツアー客

このお客様達をどうおもてなし出来るか?

ここにポイントを絞ったのだ

昔から学生を相手にするのは得意としていたKUNIO

KUNIOは働き出して半年ほど過ぎた頃から


「いらっしゃいませ」

「お疲れ様でゴザイマス」

と会話にワンクッション入れたと思うと

すぐに友達の様に話しかけに行きその部屋のグループに溶込んだのだ

まあ、それくらいなら関西のおばちゃんなら出来る

しかし

周りの従業員が困ったのはいわゆる不良気味な生徒達の扱いだったが

KUNIOはそれなら逆に彼らに頼る手段を作りだしたのだ。

リーダー格の生徒と仲良くなりその気持ちを捕らえた瞬間から

楽しい生徒指導者として迷惑の掛からない滞在をしてもらう為に

その生徒に指示するのだ

そうするとそのリーダー格がしない限りは他の生徒も悪さを働きかけないのだ。

布団を敷きに回るのも、本来なら一部屋ずつ入っては敷いて回るのだが

部屋の入り口から

「◎◎君!もっと遊びたいだろ?後で自分達で布団敷けるよね?」

と各部屋のリーダーに聞いて回ると大概のリーダーや生徒は

「大丈夫っす!自分たちがやります!」

そういって協力してくれるのだ。

「迷惑をかけられる」

実際にはそんなことホテル側はあまり気にしていないのが事実

迷惑とは器物破損くらいなものだろう

誰かが部屋から消えた

朝、生徒の布団上げにとお越しに回ったら

女子が男子の部屋の押し入れから出て来た

男子が女子の部屋の押し入れから出て来たとか

そんなのは思春期の彼らに取っては善き想い出

ホテル側は笑って迎えるしか無い!

学校的には問題だろうがホテルはどうも気にしない。

コレが普通

そうやって、お客と従業員の枠を崩し

仲良くなり1~2~3日と滞在していれば

ホテルから退室する生徒の皆から

「KUNIOさん!ありがと~!」

「最高に楽しかった!」

「また遊びに来るね!」

そう言った声をかけて帰って行ってくれるのだ。

KUNIOはこれが最高の至福であり

彼らの想い出の中に自分が生きるのだと思うと

ありがたくて仕方がなかった。

一緒に撮った写真を後日お礼の手紙と一緒に送ってくれる生徒もいた。

今まではここまで打ち解ける事もなかったアルバイトの大学生達も

このKUNIOを見て、「そんなのありっ?

と疑いを持ったが生徒達の楽しそうな顔に勝るものはなかった。

KUNIOはこの適当な調子の良さと狡賢さで1年を乗り越えた。

お正月の初日の出はホテルの屋上で迎え

春は

京の桜ツアー

修学旅行

夏は

祇園祭

大文字

甲子園の応援団

塾の合宿


秋と冬は

修学旅行

紅葉ツアー


そして

また年が明ける



春になって昨年も来た学校の先生がこんな事をいう

「貴方、去年もおられましたよね?

  覚えております!生徒たちがえらく楽しんでいたので

   今年も宜しくお願いします」

こんなことを言ってもらえると

KUNIOは「さらに力を着けなくては」と天守閣を睨んだ。



しかし

KUNIO

ここで脱線する

原因は 新しい音楽活動を始めたのがキッカケで

一人の女性に恋をしてしまう

急カーブで超高速なまま突っ込んだ事故になってしまったのだ


ー「瞬間と瞬間の狭間」第51話-本◎◎の変   完-


これが、この脱線事故があったから俺は今ここにいる

次回はその脱線事故ドキュメンタリー

では

KUNIO


wKUNIOw  ←Twitter

さて、また久しぶりのブログになりましたね

もう、ゴメンとしか言えませんが

最近の私の近況と言いますと

先週は京都の同級生であり元バンドメンバーだった友人が

めでたく結婚したので

帰郷

1年以上ぶりの実家にも帰り

親兄弟とも久しぶりのご飯

と、自分がコソバユイ時間を過ごしたり

何故かと家族といるのが苦手なもんで。。


あと、謎の痼りが左手人差し指の付け根内部に現れ

ギターを弾くと激痛

どうやら手術が必要らしかったり。

みんなに遭遇しない様に渋谷でお買い物してみたり。

そんな人生を転がっている訳です。


ここからのドキュメンタリー内容は非常にディープで

映画で言う眠たくなる部分

書くのも辛いが

ドキュメンタリー

人生は飛ばす事は出来まい

では

KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第50話-年長者の成長-



KUNIO

当時25歳になろうとしていた

バイト先

京都のホテル◎◎寺



「あ、じゃクニオさん 布団のカバー着けて下さい」

「あ、クニオさん枕が足りないので他の階から探して来て下さい」

「あ、クニオさん 残飯処理のバケツ」

「クニオさん」

「クニオさん」

「デョウウウリャ~!」

とKUNIOは心で叫びながら

「はい! 分かりました!」

「すみません。教えて頂いてもいいですか?」

「◎◎さん、◎◎君、(歳下の大学生に)」


などなど

「KUNIO 我慢だ!一人前に仕事ができる様になるまでは我慢だ!」

そう自分に言い聞かせ

ホテル内を誰よりも早く走り回り

元気に働いた。

周りの先輩は年下が多く、もちろんベテランの先輩社員もバイトもいたが

何故、中途半端な年齢の僕に対しては気を使っているみたいで

指示をしてくる時も「......して!来てくれる?」みたいな

言葉に間接的な何かが含まれていた。

このホテルをバイト先に選んだのは

面接の時

人事の面接担当が僕を見るなり

「君、前にも来てなかったか?」

から始まり、最後には僕に対して

人事の人から「じゃ、お願いします」

で終わったからだ。

なんて気持ちのよい面接。

もちろん面接は得意として来たがコレは簡単過ぎた。

そう言った流れで勤め出したのだ。

主な仕事は客室対応で布団を敷いたり上げたり。

食事の配膳、処理。

部屋、ホテルの清掃。

文字にすると簡単なのだが

実際にはかなりのハードワークであった。

まず、出勤時間は朝6時 つまり始発に乗らないと遅刻。

そして昼の10時に終了して一端帰宅。

夕方の5時にはもう一度出勤。そして夜9時まで。

生活リズムを変える事でまず一苦労。

そして朝6時からする事は

布団上げ。

しかもこのホテルは修学旅行生などの団体客が多かった為

毎日が満館で満室

約500人収容するホテルは各フロアおよそ100人

そのフロアを任され4人ほどでだいたい12部屋

そこに敷き詰められた布団を上げ、カバー類をはがしまとめる

そしてすぐに食事の配膳を各部屋に入れていく

みそ汁を配り終えるまでが勝負!

ここまでの作業を約30分で行えれば上出来!

コレがこの仕事の体力的に一番辛い部分だ。

真夏なんか汗だく、真冬なんか汗だく!

従業員に季節はあまり関係なく汗は出続けた。。

そして、食事が終わればお膳を回収して食器をまとめ

残飯処理。

それから退室までの間に我々が朝食をとり

そこから各部屋の清掃。

お客様が変わる部屋は新しい布団カバーなどへ取り替え。

座布団やハンガー、スリッパ、湯のみやティーパック。お菓子まで人数分に揃えなおす。

そして廊下などの清掃。

フロアの仕事が早く終われば宴会場の準備。

ここまでが朝の仕事内容だった。


夜はまず食事の配膳から始まり残飯処理。

その後に各部屋に布団を敷きに回り

明日の朝食準備をして終了。

だから朝よりも少しは楽だった。

しかしその分時給も100円安くなるのだ。

中途半端な年齢でここまでのハードワークをするともちろん

腰にガタが来る

寝不足に腰痛。

体力を維持する為に昼寝は重要性を増し

自由な時間は睡眠を削るしか無かった。

あえて利点は満員電車に乗る事はないのと

朝の仕事の出勤時は日の出を毎日の様に拝めた事だった。


こんなホテルで働き出して2ヶ月もなるとだいたいの仕事は覚えたので

だいぶんと信頼性も得られみんなと打ち解け出した。

しかし、それにしてもこのホテルのバイトの大学生は

京都三大といわれる一流大学生が揃っていた

京大、立命、同志社。

みんな賢そうな顔はしているが仕事は所詮大学生レベル

やっつけ仕事だ

金さえもらえればというのが見て取れる

でも、そんな彼らは僕にエネルギーを与え負けるか!と思わせてくれる。

仕事は学力だけではないこと

勉強ができない僕でも教えられる事があるという事

だから、この仕事は続いたのかも知れない。

自分なりのポジションを築き出し

みんなと協調性を求め出し、自分も溶込んだ。


そして

50~60を超える女将や派遣のおばさん達が

年齢とは正反対の仕事量とスピード

それを無駄無く見せつけてくれたのだ。

「この仕事シンドイ!」

なんて言えば、自分が負けた。

そう思わざる得ない環境だった。

この婆ちゃんが俺よりも早く?

そんなのあり得ない!

そう考えると見て聞いて学ぶしか無い。

そして何よりこの婆ちゃん達は健康だ!

こんな仕事をして家に帰って寝る前に

腹筋を20回している人もいた。

「現役」

文字通り現在も役に立つ

腰痛に苦しんでいたKUNIOを見ては

「あんた、そんなんやったら嫁さんに逃げられるで~!」



軽い下ネタを絡めた冗談を飛ばされた。


こんな感じの会話が出来る様になったら

一人前と認められた証拠だ


しかし

この婆ちゃんの中には

意地悪ばあさん

バツイチ婆さん

優しい婆さん

いろいろな婆さんがいた

まるで嫁姑の様な環境


どう巧くやっていくか。

ヤングチームではその愚痴が溢れ

アダルトチームではその尻拭い

KUNIOは後者であった。

意地悪婆さんは仕事が出来れば文句は言えない

それが分かっていたからアダルトチームは巧く切り抜け

意地悪婆さんの退社を願った。

そうすると意地悪婆さんはストレスのはけ口を無くし

体調を悪くして入院 そして 退社

願った訳ではないが やはり人間はストレスのはけ口がないと

身体を壊す

そう言う事も学んだ。


バツイチ婆さんは基本優しい

優しい婆さんは仕事には厳しいが孫を扱う様な眼で可愛がってくれる


KUNIOはいろんな婆さんに支えられ徐々に指導する立場へのルートを見いだした

しかし、

このホテルの支配人は見た目が悪い感じで

その上人当たりが悪い、人見知り

ゆえにサービス業には向かないタイプだった


だからあまり人前には出て来なかった

そしてそのまま退職したらしい。。


その後に支配人という立場の人間は現れなかった為

専務をやっていた眼鏡をかけた勤務歴40年の男がなる事になった

この男、非常に厳しくシャキッとしているのだが

記憶力が弱く

そして

女に弱い

そんな事を見抜いていたバイトの我々は

添乗員から「あちらの方は社長様ですか?」などと訪ねられると

みんなで口を揃えて

「彼はアルバイトです」

そう言いきった。

こうなって来ると

このホテルでの支配力は客室の我々にやって来るのだ

真面目に言われた通り仕事をし

お客様を迎え、送り出す

そして内部からの情報がいとも簡単に全員に漏れるこのホテルの方向性

KUNIOが耳を傾けないはずは無かった

このホテルで勤め出して1年が過ぎようとした頃

KUNIO 屋上にて誓う

「どうせならもっと面白いホテルにしてやる」


第50話 -年長者の成長-  完


年長者の成長?どこが?
 「我慢したんです!」

次回もこの調子でカミングアウトギリギリで進行します

THANKS

KUNIO

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長い 長い

旅に出ていた訳でもありません

ひたすらに

この章へ入るタイミングが無かったのです

そして

この章で明かされていくストーリーは

Non Fiction

恥と承知でここに綴りましょう

では

久しぶりの

KUNIOドキュメンタリー「瞬間と瞬間の狭間」
第49話-リアリティ-




「まもなく関西国際空港に到着致します」

「到着地大阪の天気は晴れ」

その声に過敏に反応した

「頼む、到着するな!」


あの時

ロンドンから帰って来た時なんて比べ物にならない

現実逃避


しかし、

飛行機は劇的な無視で

見事ランディング!


そして

KUNIOは強制的に飛行機から降ろされる




飛行機から税関へ向う途中の大阪の空を見上げて

KUNIOは早速、不機嫌になる

「どこが晴れやねん!曇っとるやんけ!」

スペイン、イタリアの快晴を目にしているKUNIO

そんなKUNIOには日本の快晴は曇りにしか映らなかった



この時に気がつけば良かったのかも知れない

今後のKUNIOが辿る

異・薔薇の道を


京都まで戻り

実家に帰宅

誰もいない

無音


そして昼寝

ここまでは前回の48話でお話したとおり


続きです




そして

夕方になって母親に再会

「おー、帰って来たか?」

そう言った母親の顔にKUNIOは申し訳なさを感じた

「老けたな、オカン」

夜になって帰って来たオヤジも

「お!生きとったか?」

そのオヤジの顔にも同じ感情を抱き

息を飲み込んだ


KUNIOは少しの団欒の後、部屋にこもり

予想以上の両親の顔の違い、老け方に

心が痛くなったのだ

「俺、すげー心配かけたのかな?

1年であんなに人って老けるのか?」


そう思い出すと自分勝手に好きな事をやり

親元を離れ、日本を離れ、夢を追いかける事

それが罪にさえ感じた


この素直な感情はスペインでロベルトファミリーと出逢い

家族愛を自然に教えられたから

子供が母親を抱きしめキスをする

でも、自分には出来ない、勇気もない

そんな嫉妬から生まれたせめてもの感情だろう



2日後

同級生の結婚式パーティー

まさか、帰って来てると思ってもいなかった友達一同

ビックリした顔と細い眼で見る顔

そんな肩身の狭いパーティーだった

友人からは

「KUNIOがいると安心出来る」

そう言われ

なんか嬉しい様な、

または馬鹿にされている様な

高校も中退し好きな事やって将来や先の事には無頓着

そんなKUNIOに比べたら

そういう風な感じにもとれたり

我が道を突き進む姿勢に羨む

そうともとれた


3次会

カラオケに行くがKUNIOはもちろん

THE 浦島太郎

みんなが歌っている流行歌はサッパリ ?

そして「ありがとう!ありがとう!」

そう叫ぶ歌詞の内容にシラケていた

「わからない」



それから数日後

KUNIOはまた少し挨拶回りにと旅に出た

まずは石川県金沢市へ





知人を訪ねる事と知らぬ日本の歴史で

改めるつもりだったが

見て分かる通り

単なる観光に来た外国みたいな写真

この後は

東京、名古屋と

結局1週間ほど旅をして気持ちを整理した


「まだ俺の人生は旅の途中

    終わってはいない」


京都に戻りアルバイトを捜し始めた


ダブリンで飲食を覚えたKUNIOは日本でもと

京都の老舗の喫茶店へと面接に行った

そこのオーナーは某有名 J-POP バンドJU○Y&○ARYのギタリストの親が経営する店

面接にはそのギタリストとそっくりのお父さんが出て来て

「ヘー音楽しとるんか?うちの息子もやっとるぞ」

「はい、存じております」

そんな会話で面接は合格

早速2日後から働くことになったが、

時間帯は夜勤

夜の9時から朝の5時まで

KUNIOは黒のスラックスにYシャツ

エプロンをしてお盆を持ち

堅苦しい「いらしゃいませ」

そうして勉強を始めた


メニューの渡し方、グラスの置く場所、水の注ぎ方、アイスコーヒーの入れ方



夜勤というのは苦ではなかったしコーヒーの香りも好きだった


しかし、お店の場所は京都の祇園 つまり水商売の場

入ってくるお客はスナックのママやクラブのお姉さんと同伴希望のオヤジ

滞在時間が長いし注文は一度きり

あとはこっちが暇つぶしに水を足しに行き灰皿を交換する

それだけのこと

それが4件ほどあれば朝まで我慢

暇に暇過ぎて苦痛

「仕事を下さい」と言っても

「特にない」と返事が来る



「俺はこれでいいのか?」

そう考えた4日目の朝

携帯電話の新機種の話題でバイトの大学生と盛り上がる店長に言った

「店長、すみません。僕は動いていないと駄目なタイプみたいです。

  この時間の過ごし方は耐えられません。
  
     辞めさせて下さい」


「そうか~。もったいないな」


そうして、その喫茶店を去った


次にKUNIOが手を出したのは

超一流ホテル HOTEL GR・・・・・

英語が話せると言う自信だけで性にもあわないホテル業を選んだのだ

理由も最寄り駅から一駅で行けるし

響きがカッコイイ

それだけだ

履歴書を郵送すると

すぐに面接の案内がメールで届いた

「へー、俺みたいな中退でも面接するんだ」

そう舐めた感じで集団面接へ向った

そのホテルの会議室では

大勢の大学生が並んでおり一生懸命に質問に答えて行く


「次は・・・KUNIO君 君は何故このホテルで働きたいのかな?」

その質問に簡単に答えた


「外国人のお客様への対応も英語が話せるので問題ありませんし、

   またそこから新しい英語を勉強出来る

   そして一流のサービス業としての勉強がしたいです」


面接官は「なるほどね、英語が話せるんだ」


そう言ったとたん


周りの大学生 

さっきまで どこぞの三大の名前をだしていた彼らがビビったのだ

「すみません、僕は相手の言っている事は分かるんですが

    答えられません 」  などなど


KUNIOはこの時はその反応にビックリしていた。


数日後、KUNIOのもとにメールが届いた

「採用いたします」

そう、メールが来た


「中退でも一流ホテルで働けるんだ!強気で当たってみるもんだな」


そうして、説明会に参加し担当を言い渡される

イタリアンレストランのウェイター

「また飲食かよ!」

そして

「KUNIO君、申し訳ないんだけど襟足が長いから刈り上げて来てくれるかな?

  あと、モミアゲも。

それと靴、その革靴はカジュアルすぎるからフォーマルなのにして」

その時は「はあ。。」

と答えたが

帰り道でダンダン苛立ちが。。

「最初っからいえよ!」

その苛立ちはバイト初日まで冷める事無く

初日の出勤時に

「辞退させていただきます」

と、断った。



「さて、どうする?」

喫茶店も駄目 一流ホテルも駄目

楽器屋には戻りたくない

こうなれば工場しか無いのかな??


所詮 中退の技術のない若造

エクセルも出来ないし 英語が話せると言っても資格は持っていない


地味に工場で働こう

そう決定し、印刷工場に入った

グルグルと動く機械の前で同じ作業を繰り返す

任された仕事内容は液晶画面用のフィルムのカットだった

なんならその部署の一番大変で人手がいない場所

相方はアニメ好きそうな27歳の男性

仕事の説明以外は口を利いてくれない

「参ったな。。」

そう休憩時間に煙草を吸っていると

「おっ!KUNIOやん」



小・中学校の同級生の友達が同じ作業着を着ていた

「え、働いてんの?」

「うん。工業高校のあとに就職してな。。結婚も。。」

「あら、そうなんや~」


「じゃ、また。。仕事戻るな」

そう言って去っていた友人

「参った。。知り合いがいた。。」

しかし

KUNIOはそれを有効に話題に使った

担当現場の無口の相方に

「僕、あいつと同級生なんですよ!」

から始まり、自己紹介をしっかりして

普通に会話が出来る様になった。

そして一週間

「先輩、この仕事って時間の問題で機械を止めると作業効率悪いですよね?

  だから、昼休憩は2人で取るのは辞めて一人ずつでやりましょう

そうすれば、だいぶ楽になるはずですよ。」


先輩はそんな僕に賛成してくれた

それが日本に帰って来て始めに嬉しかったことだろう


それから毎日そうやって作業を進め

山積みにされたフィルムを少しずつ減らし

一ヶ月

二ヶ月

そして


ついに不可能と言われた

フィルムのラック棚を空っぽにしたのだ!

この時ばかりは先輩と握手をして

初めて2人して連休をとったのだ


工場だから土日は休む事が多いのだが

このフィルムカットの仕事はみんなの作業のため絶対に遅れてはならない

重要な仕事だった為、先輩は連休を取った事はほぼなかったらしい


そうして生まれた信頼とまわりの先輩とのフレンドシップも捗ったとき

とある一本の電話が入った



その数日後 KUNIOは工場を辞めた

先輩には申し訳ないですとしか言えず

でも、先輩は「ありがとう、今までこの仕事して来たけど一番楽しかったよ」

そう見送ってくれた



音楽の為

簡単な選択だった

しかし、その浅はかな考えが泥沼にKUNIOを落とし込んだ



数ヶ月後

KUNIOはまた無職となり路頭に迷った

そして

音楽への路頭にも迷い出した



「何故こうなる? 何故! なんでだよ!」

全ては自分で決めた事

責任は自分で取るしか無かった


皆さんの誤解を招かぬ様に簡単に何があったかを説明しておきます

KUNIOは騙されただけなんです(笑)



その悔しさから立ち直るのに少々時間はかかったが

KUNIOは1から出なおす為

そして、経験をポジティブに変えるため

夢へともう一度コンパスを向けた



そして、見つけたアルバイトは

某名所旅館ホテル

その客室対応のアルバイトだった

KUNIOは髪の毛をバッサリ切り

スポーツマン的な坊主に近い頭で入社した


仕事内容は

食事の配膳

布団の敷き、上げ

清掃

次のお客様の接隅

職場の先輩は歳下の女性 

ご年配の50~60歳の女将、女性

アルバイトは大学生

つまり

KUNIOはバイトの先輩よりも歳上で

でもぺーぺーの新人

先輩の学生バイトを呼ぶ時も

「◎◎さん、すみません」

からスタートしたのだ。


結局、KUNIOはこのアルバイトを2年半近くする事になるのだが

たくさんの出来事、お話があるので

それは次回にお伝えしましょう!


KUNIO

現実を知る

これより始まる

第49話-リアリティ  完-


いかがでした?

また続きも楽しみにしてて下さいね!

更新は早めにしますから!笑

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