愛しい3の日を君に贈る -3ページ目

愛しい3の日を君に贈る

この人生を命ある限り届けたい。

102の記事にも触れたが

私の自宅は、本家になるのでお盆になるとどっと親類がやってくる

仏間には供えきれないものがワンサカと供えられずらっと並ぶ

その光景は、朝見た光景とは全く違う家かを錯覚させる雰囲気さえ醸し出す


お母さんは、1人ひとりなるべく挨拶をするように心がけている姿は、常に“頑張って“しているように見えたのもうそうせざるを得ない状況だったというものよく分かる


何せ我が家は先代からの親類がたくさんいらっしゃるということも後々分かるのだが


殆どの家々では「お坊さん」を迎えてお経を唱えてもらうのだろうが

家は違う


「おじいちゃん」

がお坊さんの役割を成すからだ


私のおじいちゃんは、本当に何でもよく研究や勉強する人で寝室には、それにかかる書物もずらりと並べている

私の場合なら買ってしまってペラっと読んだら(終わりまでもいかないことも多い)終わりなのだけれども

おじいちゃんは何度も読み直している


お経にも、番号やふりがな、手書きの意味が書かれている

その経本を手にするといつもおじいちゃんの想いが伝わってくるものだから、正座は苦手なのだけれどもその経本は大切に扱いながら唱えている自分もいた


とーっても丁寧だから

とーっても長いお経

何だけどおじいちゃんの唱えあげるお経はいつも心地よくて優しいんだ


確実に間違いなく唱えられる

「なむあみだぶつ」

は特に想いを込めて


親類ら、家族らが誰1人おじいちゃんの背中を観させてもらえるのも、おじいちゃんが「人を大切にする」意味を常に私たちに見せてくれたお陰なんだと思っている


みんながわいわいと賑わう中に、控えめに頬笑みながら、それぞれの暮らしを聞いている姿が何とも幸せそうで

夕暮れには、ひよこ豆とビールを片手に暮れゆくまで語りあい、サラッと姿を消して2階の寝床に去っていくのは

毎年、おじいちゃんらしくて大好きなんだ